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仙人の戯言 2008年

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欲望からの解放

 欲望の解放ではない。欲望からの解放、欲望から逃れて解放される。

 欲望は、生きる力を与える。人々の、個人個人の様々な欲望が、文明を造り、文化を生み、社会の進歩、発展を支えてきた。欲望を、夢とか、希望とか、探究心とかに置き換えてみればよく解かる。欲望がないと、世の中は発展しないし、科学も進歩しない。生きたいという欲望が、医学を進歩させたと言えば、身も蓋もないのだろうか。

 欲望の解放を続けてきたのが、今までの人類であった。愛する者を求め、豊かさを求め、永遠の生命を求める。ヨーロッパにおいて、キリスト教は、穏やかなる信仰生活を要求するものではなくなり、欲望の追求こそ、神の意に沿うものであると、変わっていった。

 私の出身高校の校訓は、質実剛健であった。質素であり誠実でありながら、心身強くたくましくあれ、という、私の好きな言葉である。武士道にも通ずるこの意は、もはや、日本の何処にもありそうではない。勝てばいいのだ、強くさえあればいいのだ、競争に打ち勝つことこそが、人の突き進む道なのだというのが、今の風潮であろう。あらゆるものが、商売になる。利益を追求することが正しく、生き馬の目を抜く知恵こそが大事なのだと、今の世の中は教える。

 しかし、欲望の解放は、欲望に囚われ、欲望のとりこになり、欲望にがんじがらめにさせられる人々を創っていった。まさしく、人は、欲望の奴隷になっている。欲望の限りない追求が、人を豊かにさせているのだと、勘違いしている。欲望の解放こそが自由だと思っているのだろうが、実は、欲望の解放が、自由を奪っている。

 いま少し、考えてみよう。欲望の解放ではなく、欲望からの解放が、本当は人を豊かにし、自由をもたらすのだと。

 実は、欲望というものが、人を苦しめている。愛別離苦、愛する者との別離の苦しみ、怨憎会苦、怨み憎む者に会わねばならない苦しみ、求不得苦、求めるものが得られない苦しみ、仏教の説く苦諦は、人間の生存自体が苦であることを教える。それらの苦は、正に、欲望がもたらす。

 欲望の解放ではなく、欲望からの解放を始めなければならない。誤解を恐れずに言えば、豊かになろうなどと思わないことである。大金を得て何になる。墓場まで持っていって何になる。三途の川に渡し賃は要らない。生まれる時も無であれば、死ぬ時も無なのである。

 少なくとも、欲望の奴隷になってはいけない。欲望のとりこになってはいけない。そうなった時、その限りない欲望は、ますます限度がなくなる。欲望を達することがなくなる。またその先に、欲望が生まれる。

 今の世の中、こんなに不況になりながらも、まだ、欲望から解放されてないようだ。水たまりの死にそうな鮒には、今の一杯の水が必要なのである。欲望から解放されるには、物事の真実を見る目が必要になる。

 四苦八苦の、百八の鐘が、まもなく鳴る。

  竹やぶを 突き抜けており 冬のもや

 

2008年  12月23日    崎谷英文


人は変化している

 諸行無常である。あらゆるものは留まることなく変化している。「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」流れる川を見ていて、それは、あたかも同じ川に見える。しかし、流れる水は、常に新しい水に変わっている。「国破れて山河あり」と言えども、実は、その山も河も変化している。

 今のあなたは、昨日のあなたではない。いや、一瞬前のあなたと今のあなたも違っている。あなたは、常に変化している。一瞬後のあなたも、また、今のあなたとは異なっている。あなたは、自分は自分で、変化していると思っていないかも知れないが、あなたは、確実に変化している。

 あなたの身体自体、常に無意識に活動し、血流は流れ、神経は反応し、変化している。そうでなければ、生きていけない。あなたは、自らの意思で、心臓を止めることはできないだろう。

 そこに、確かなものもある。人は、生老病死の中にいて、人の身体は、明らかに老に向かい、あるいは病に向かい、死に向かって変化している。

 しかし、自分は自分であり、この個性ある自分というものは、変化していないと、あなたは言うかも知れない。しかし、あなたは、やはり、変化している。

 意識も一定ではない。自分の心は変わらないと、あなたは思っているかも知れないが、もし、意識が意識として変わらないことがあるとしたら、それは、ノンレム睡眠、つまり、夢を見ていない熟睡状態の時に限られよう。しかも、そのノンレム睡眠の時でさえ、脳の中では無意識に意識が整理され調節されていると言う。

 あなたが、今何か考えているならば、もちろん、一瞬一瞬、心は変わっていよう。何も考えていないようであっても、何かを思い、何かを感じているのであり、間違いなく心は変化し、意識は変化している。

 「我思うゆえに、我あり」は正しいだろう。しかし、それは、自己の身体と結びついた自分自身に戻る意識であり、自分自身が変化していないことまで言っているのではない。むしろ、「我思うゆえに、我変化する」のである。子供の頃の自分の写真を見て、それが、自分であることは言えても、今の自分であるとは言えまい。

 時は流れ、時間は過ぎてゆく。起こった事実は、起こった事実として変わらない。例えば、言ったことは、もはや言ってしまえば、言ったことがなくなることはない。しかし、過去の事実、今の事実でさえ、人間の五感で、それを正確に知ることはできない。人は、その不確かなことを五感で感じることにより、意識、心が常に変化している。

 人の身体は、間違いなく、老病死に向かって変化する。人の心も、不確かな外の世界と関わりながら、刻々変化している。人は、変化しないものを求めて、愛と信仰にすがる。

  すきま風 知らず知らずの 燗冷まし

 

2008年  12月10日  崎谷英文


シンベー日記 10

 今日は、とても良い天気だ。天気の良い朝は、ぐっと冷え込むはずなのだが、今朝は、そうでもない。二週間ほど前、十一月の中頃というのに、朝、僕の飲み水が氷っていて、往生した。例年通り、主人が、湯タンポの湯を氷の上に掛けてくれるのでいいのだが、今年の冷え込みは、近年では、早いように思われる。猫のグレは、この寒い夜の間、畑の草叢の中で眠っているようだ。畑、兼、生ゴミ処理場には、グレの食べ物もいくらかあるようだ。

 人間という輩は、贅沢なもので、食べることのできるものもよく捨てる。ずっと前に、トンビの小次郎さんは、都会ではとんでもない量の食べ残しがでていると言っていた。主人の家では、大根の葉などは、捨てないようだ。でも、どうしても少しの食べ残りはできる。

 今年は、おもしろいことがあった。木にかぼちゃが生っていた。もちろん、かぼちゃの木などない。かぼちゃのつるが、木を伝わって登っていって、そこで、実を付けたらしい。異様というか、滑稽というか、漫画のような光景だった。また、それを、主人がおもしろがって、いつまでも放っておいたのだが、いつの間にか、奥さんに切り取られてしまっていた。

 最近、人間社会に異変が起こっているようだ。猫のクロが、人間たちは、どうしようもない不況に陥りそうだと言う。クロは、あまり顔を見せないのだが、たまにやってきて、散髪屋さんやタクシーさんのテレビを見ていて、いろいろなことを教えてくれる。

 人間たちは、その社会、経済の仕組みが複雑に大きくなりすぎて、一度どこかで歯車が狂うと、瞬く間に、連鎖反応を起こし、世の中全体がおかしくなっていく。大きな仕組みになってしまうと、その仕組み自体はもう変えられないと思ってしまうのか、一時的に、大きな組織を救済して、乗り切ろうとする。しかし、それでは、また同じことの繰り返しではないのか。クロの意見である。

 食べていくことができ、自然の変化を楽しみに生きていくことができれば、それでいいと満足している僕たち犬とは、考え方が違うらしい。人間というのは、意地汚く、強欲で、結局、自己保身に走ってしまうらしい。本当に責任のある者たちの中で、本当に潔く責任をとる者は、人間にはいないらしい。

 主人と散歩していたら、四方の山が見事に色付いている。竹やぶも多いのだが、山全体が、黄や赤や橙や、それに緑、それこそいろいろな色がなんとも言えない模様を織りなしている。この里にいると、わざわざ紅葉を見に行く人間たちは、その紅葉は自然なのかも知れないが、人工の自然になっていて、それをありがたく、自然と接していると喜んでいるのかもしれないと思ってしまう。しかも、一瞬にして、都会のジャングルに戻っていく。

 原じいが、何処かに行ってしまったらしい。ハナ婆さんによると、源じいは自分の死期を悟って、ひっそりと死に場所を探しに、遠くへ旅立ったと言う。もう一度会いたかったなあ。

  色付きし、山の何処に 眠らんや (シンべー)

 

2008年  12月2日  崎谷英文


酔っ払い顛末記

 しこたま呑んだ。記憶を失った。記憶の欠落が生じてしまった。徐々に、今思い出そうとしている。

 ある人に言わせると、私に、盆と正月のようなものが一時にやってきて、興奮状態になっていたのではないかと言う。確かに、この二、三日の間に、息子との久しぶりの新幹線の旅、親子三人での横浜での食事、姪の結婚式、東京にいた頃の友人たちとの久しぶりの再会、高校の親友たちとの同窓会、と飲み続けであった。私の心は、常にうきうきしていたように思う。

 そして最後になり、酩酊状態になり、泊まるホテルを思い出せず、親友のS君に連れられて行き世話になった。

 徐々に、いろいろなことを思い出すのだが、まだ、ぼやけぼうっとしている。しかし、また、友人たちに何をしていたのかを聞くと、それぞれあやふやなことがおもしろい。聞いたところでは、飲んでいる間は、失礼な振る舞いはしていなかったらしいので、安心したのだが、楽しかったところを具体的に覚えていないのが悔しい。

 友人から聞いて、ある行動について、そんなことがあった記憶はある。しかし、それを聞いたとき、そのことは、ずっと以前に経験していたような感覚であった。つまり、デジャヴ、既視感覚のような感覚であった。

 記憶には、短期記憶―ほんの数秒の記憶、中期記憶―数日、数ヶ月の記憶、長期記憶―一生保たれる記憶、と言うものに分類されるらしい。分類されると言うことは、それぞれの記憶の収集、獲得、保存を果たす役割の脳の分野が異なっていることを示すのだろう。

 例えば、道を歩いていて、5秒前に何を見ていたかを問われても、判然としないであろう。しかし、何か特徴的な対象物だとしたら、それは、ある程度長く覚えていられる。感動的な経験は、長期に渡って頭に残る。

 そして、それらは、通常、時間的な遠近の中で、整理されていく。しかし、私の経験したデジャヴのような感覚は、その近接経験が何故か、遠い過去の記憶の神経の中に飛んでいってしまったかのようであった。もちろん、酒のせいである。

 多分、あの楽しい三日間は、喜びの連続であったと思われる。世話になった友人たちには感謝せねばならない。

 このようなことがあると、やはり、人間の生きている証しは、脳の働きを抜きにしては考えられないのだと解かる。意識、無意識と言うものが脳の中で統合され、整理されていく。極端に言えば、あらゆるものは、脳により作られ、展開していっている。

 何が正しいのかと言うことは、脳の判断であり、脳が狂えば、その正しさも狂う。経験したことも、脳が獲得するのであり、獲得の仕方により、経験自体が異なってくる。養老孟司氏の「唯脳論」を読むことにする。

 私の場合は、多分、一時的なただの酔っ払いの経験の空白でしかないのだろう。妻に叱られ、S君の世話になり、K君、Y君、T君にも迷惑をかけた。M君も心配をしてくれた。三日間、酒を抜いた。すっきりした。また、呑むだろう。

失くしたものはそれ程でもなさそうだ。ただ、気に入っていた帽子を紛失した。何処へ、行ったのだろう。

  寒風や 尾を振る犬に 身は震う

 

2008年  11月21日  崎谷英文


自己正当化

 テレビのサスペンスドラマを見ていると、その犯罪者たちは自らの境遇と他の者との境遇を比べ、自分には、その犯罪をすることができる権利がある、と思い込んでしまうような場合が多い。犯罪を受けた者が、犯罪者に酷い仕打ちをして、犯人が罪を犯すことがもっともだ、と言うこともある。しかし、ただ、弱者が強者に対して、妬み、羨み、反感を持ち、それが、怨恨、憎悪に変わる。そして、その復讐をしても、正しいのだ、自分は正当なのだと思い込んでしまう。そういった場合も多い。

 相手に反感を持ち、恨む。しかし、自分の力ではどうすることもできず、犯罪をする。しかし、そこに至るまでには、自分は正しいのだと納得させる過程がありそうだ。

 こういった自己正当化というものは、犯罪者だけではない。ほとんどあらゆる人々の心理において、生きていくために自己正当化が行われている。

 あの木の上の梢の柿はおいしそうだ。しかし、到底、手が届かない。その柿を恨む。食べることのできるカラスを恨む。ここで、このカラスを襲って柿を取り上げてもいいのだと思い込めば、犯罪者の自己正当化である。しかし、通常はそうは考えない。そこで、きっとあの柿は渋柿で食べてもおいしくないのだ、と思い込むことにする。これでは、まだ、自己正当化ではない。さらに、その柿を食べることは良くないのだと、思い込むことにする。こうなると、一つの自己正当化になる。

 欲望の達せられない代償としての、その怨恨、反感が昇華されていく。このように、恨み、憎悪から屈折した価値観の転換が行われることをルサンチマンと言う。

 ニーチェは、このルサンチマン、弱者の自己正当化、反感、怨恨、憎悪の屈折した心理から生まれる自己正当化、そこから道徳が生まれたのだと言う。怨恨、憎悪により、価値観の転換が起こり、弱者の道徳が生まれた。その道徳の集大成が、西洋ではキリスト教であったのだと。我々は、キリストに従えば正しいのだ。

 偉そうなことを言っていても、それは、ただ、持たざる者の妬みの変質したものかも知れない。普通の人は、恨みや反感を自分の正しさで補っているのかも知れない。しかし、それで、通常は犯罪を起こさない。しかし、そこには、屈折した自己正当化の心理が存在している。人は、自己矛盾、自己欺瞞のかたまりである。人は常に、自らを省みて、そのことを、自覚する必要がある。

 しかし、強者もまた、自己正当化しなければならない。強者もまた、道徳と言う鎧を身に付けようとする。どちらにしろ、屈折した心理なのだ。ニーチェは、神は死んだと言わなければならなかった。

 人の心には、表面をどんなに装ってみても、邪悪な、怨恨、憎悪が隠れているのかも知れない。私自身、自己嫌悪の中で生きている。

 行き着く所は、ニヒリズムである。世の中のすべては、茶番劇であり、取り繕った見せかけの世界であることを知ることだ。

 しかし、暗いニヒリズムはおもしろくない。常識に囚われない、明るいニヒリズムがいい。バカボンのパパが言っている。「これでいいのだ。」

  線香の 灰の白さや 薄紅葉

 

2008年  11月10日 崎谷英文


小次郎ものがたり3

 トンビ(鳶)として3000年も生きて、空からこの地球を見ていると、世界の変わっていく様子や、人間たちの行状の変遷がよく分かる。

 わしが生まれた頃には、もうすでに、ヨーロッパや西アジア、そして中国に大きな王国ができていたのだが、一方では、大国に属さない小さな地域の小さな部族の人たちが、肩を寄せ合って暮らしている所が、数多くあった。彼らは、遊牧民は遊牧民として、農耕の民は農耕の民として、自給自足の生活をしていた。

 徐々に、部族、民族の合流、移動、侵入が増えてきたのを覚えている。例えば、1800年ぐらい前であろうか、ヨーロッパでは、北のゲルマン民族が、ゆっくりと南のローマ帝国に移動してきた。初めは、少人数だったが、やがて、部族ごとによるゲルマン民族の大移動になっていった。200年ほども続いただろうか。部族の長に率いられて移動するその有り様は、空から見ていて壮観だった。

 同じ頃、西アジアでは、北の遊牧民の国、パルティア王国が、南の農耕民族、ササン朝ペルシャに敗れ、取って代わられる。インド北西部では、イランの民族が支配するクシャーナ朝が倒れ、ガンジス川流域の民族のグプタ朝が北インドを支配するようになる。

 その頃、中国では、北方から多くの民族が侵入してきて、争いの絶えない分立状態、いわゆる五胡十六国時代になる。日本では、やっと、弥生時代が終わり各地で古墳が作られだしていただろうか。播磨の中のこの小さな里にも、荒地を耕す人たちがやってきていた。

 民族が移動するには、尤もな理由もある。自然の災害、飢饉、人口増加などにより、生産地、居住地を他に求めなければならなかったこともある。しかし、平和的に民族が移動、融合できたことは、余りなかったように思う。多くは、戦いにより、土地、人民の奪い合いになっていった。見ていて、悲惨なものだ。

 その後も、人間たちは、同じような侵入、征服を繰り返して、今に至っている。全く、人間の本性というものは変わっていない。

 人間たちは、知恵が付くと、如何にして楽をし、贅沢をしようかと考え、武器を持つと、それには、他の人たちや他の国を支配するのが最もいいと考えるらしい。

 そう言えば、わずか200年ほど前には、アメリカがアフリカから多くの黒人奴隷を連れて来ていたが、人間として扱われない黒人たちは、見ていてかわいそうだった。

 今、アメリカで、その黒人の大統領候補であるバラク・オバマの演説を聴いているとあのマーチン・ルーサー・キングJrの言葉を思い出す。

I have a dream. One day the sons of the former slaves and the former slave-owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.

 怠け者の英太の稲も、ようやく採り入れが終わったらしい。汗水垂らして、草を取り、倒れた稲木を直し、周りの人たちに馬鹿にされながら作った米だ。わしも後で、少し頂くとしよう。

  いつのまに 暮れしや秋の 四畳半

 

2008年  10月30日  崎谷英文


アメリカンドリーム

 多分、人は、本当はもっと優しいのではなかろうか。もし、人が、優しいならば、その優しい人は、苦しむ人を見ながら、自分だけ楽しめるわけがない。

 裕福な人は、貧しい人たちが見えているのだろうか。自分たちの周囲の豊かな人たちしか、見えていないのではなかろうか。実は、裕福な人たちは、自分たちが多くの人を苦しめながら、自分たちが裕福になっていることが、解かっていないのではなかろうか。

 エネルギー保存の法則がある。世の中、どんなに発展し豊かになろうと、限度はある。豊かさの総量は、それ程変わりはしない。一部に豊かさが偏在すれば、もう一方に貧しさが生まれる。豊かさの総量が増加したような錯覚がしばしばある。そのほころびから、また、しばしば、パニックが起きる。

 豊かな者が入れ代わり、立ち代って行くダイナミックな世の中がいいのだろうか。アメリカンドリームの世界は、優勝劣敗を賛美し続けるのだろうが、それがいいのだろうか。

 裕福な人たちも、その近くに自分たちが虐げ、陥れている人たちがいるならば、気付くはずだ。この情報社会の中で、様々な情報は、貧しい人たちを見せてくれている。しかし、豊かな人たちは、それを理解しているようで、実は、実感していない。助けなければいけない、救わなければいけないと言いながら、その真実味、実感の無さに、白々しさを感じる。

 彼らは、きっと、どこまでも、貧しい人たちを、豊かな自分たちのせいだと思っていない。貧しい人たち自身のせいだと思っている。アメリカンドリームの世界は、勝ち取った豊かさを保持し続けることに、人々を奔走させる。

 そもそも、豊かさが、幸せなのだろうかと言う問いから発せられねばならない。物質的な豊かさは、心の貧しさを生む。物を取り合い、金を取り合い、争いを起こす。

 その争いの中に、貧しい人たちも取り込まれていく。豊かでなければ、豊かにならなければと、争いに参加していく。

 結局は、豊かな者たちも、貧しき者たちも、欲多くして、心がすさみ、心が貧しくなっていく。貧しい者たちが、裕福な者たちのアメリカンドリームの世界に取り込まれることで、ますます。その歪んだ社会が支えられていく。かくして、豊かな者も、貧しい者も、強欲社会の一員として、物を取り合い、金を取り合い、争う。

 物質的豊かさは、それを持っている者たちにも、また、それを目指す者たちにも、心を乱す基を作っている。欲少なく、足るを知ることができれば、心は平穏になるのだが、難しそうだ。

 物質的豊かさを恥じる考え方は、仏教にも、キリスト教にも、イスラム教にも、実は、あるのだが、どこかに、置き忘れ去られてしまっているのだろう。恐ろしや、現代社会。

  誰そかれと よくぞ言いけり 枯尾花

 

2008年  10月21日  崎谷英文


対称性

 対称性というと、線対称や点対称の図形を思い浮かべる。その線、点を取った対称とはどういう意味になるのか。線対称の場合、線対称であるものの一方を裏返せば、他方と重なる。さらに、裏返せば、またもとの図に重なる。線対称は、左右対称、鏡映対称といってもいい。点対称の場合は、一方を180度回転させれば、重なる。180度でなくとも、回転させれば重なるとき、回転対称性がある。例えば、正三角形では、120度の回転で元の図と重なる。さらに、120度回転させても、重なる。

 だとすれば、平行移動したとき重なるとしたら、その平行移動に関して、対称性があるとしても良さそうである。並進対称性という。これらを組み合わせると、いろいろな対称性が考えられる。ねじ回しのねじなどは、らせん対称性がある。これは、回転と並進とを組み合わせている。らせん対称性は、立体的、三次元的対称性をもたらす。

 このように考えていくと、取り替えても、変化させても、変わらないとき、全体としてみれば同じであり、ただの内部での変換であるとき、対称であるといってよさそうだ。起こりうる変化に対して、影響を受けないとき対称性がある。

 X円の品物を5個買って、1000円支払ったら、お釣りが150円であった。1000−5X=150という式ができる。しかしまた、1000−5X−150=0としようが、5X+150=1000としようが、どの式も、上の関係を表す正しい式である。さらに変化させて、5X =850、X=170という解がでてくる。これらの式も、前の式と合わせて、すべて同じである。変化させても、内容的に変わらない。小さな世界においても、対称性があり、その世界において、原理は変わらない。世界が大きくなっても、原理は変わらない。原理が変わらないということは、対称性がある。

 世界、宇宙は、対称であるべきだというのが、物理学の理念である。対称性を時間の経過においても、変わらない原理として認めようとする。アインシュタインの相対性理論は、時間と空間とが、互いに対称であることを認める。空間が変化するとき(もっとも、光の速さに近い速度で変化しないと実感できないのだが)時間も変化する。空間と時間は、交換できる。

 科学者たちは、宇宙の創世から現在に至るまでの、変わらない対称性を見つけようとしている。ミクロの世界において、対称性の破れが見い出されるとき、その破れを繕い、その破れを包み込む対称性を回復させる考え方において、日本人が、ノーベル賞を得た。

 宇宙の創世記、無、0であったとしよう。だとすれば、物質が生じるとき、対称な反物質も生じるはずだと言うのが、物理学者の考えである。理論的には、物質は反物質に成り得るし、反物質も物質に成り得る。

 仏教において、この世のすべては、現象に過ぎないと言う。無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法とは、あらゆる感覚、意識、心さえも現象に過ぎないことを言う。あらゆるものは、変化し、あらゆるものは、無に帰す。結局は無であり、現実世界は、あらゆるものの関係性の中に存在しているに過ぎない。交換しても同じである。何かが変化したら、何かが変化し、やがて、すべてが変化する。物理学の究めようとすることと仏教の教えとは、紙一重なのだろう。

  見上ぐれば 山を包むや いわし雲

 

2008年  10月12日  崎谷英文


花子さんの戦略

 今、花子さんが、結婚相手を選ぼうとしている。候補者として、四人の男性がいる。四股をかけているあばずれではない。四人の見合い相手が、別々に薦められたのである。

 この四人の中で、写真だけを見て、この人だと選んだとしたら、その男性が、その四人の中で、最良の相手、パートナーである確率は、4分の1である。いくら顔やスタイルが良くても、結婚相手として最良かどうかは判じがたい。釣り書きも、当てにはならない。写真や釣り書きで決めるのは、拙速だろう。

 それで、花子さんは、順々に見合いをしていって、最良のパートナーを射止めることにした。

 もし、一番最初に見合いをした相手を選ぶと決めたとしたら、その人が、四人の中で最良である確率は、やはり、4分の1になる。その四人には、花子さんとの相性につき、ランクがあり、仮に、A、B、C、D、の順番がついている。Aが最も花子さんにぴったりの相性で、その次がB、その次がC、その次がD である。もし、一番目に会う人と決めたときは、比較する男性がいないので、花子さんは、B、C、Dを選ぶかも判らないので、確率は4分の1となる。

 そこで花子さんは考えた。最後までお見合いをして、最後の人に決めようと。しかし、それもまた、その最後の人がAさんである確率は、4分の1となろう。もちろん、それまでのお見合い相手には、断りを入れているのであり、後で、この人が良かったと乗り換えるのは不謹慎である。

 また花子さんは考えた。三番目の人にしよう。三番目の人が、それまでの二人の人、両方の人より良い人ならば、その人にして、それまでの二人の人の、両方、または一人より良くなければ、四人目の人にしようと。もっともな考え方だろう。その確率は、どうなるだろう。A、B、C、Dの四人の順番は、4×3×2×1=24の24通りある。ちょうど三番目にAさんが来るのは、6通りあり、やはり、4分の1になる。しかし、三番目に来る人が、以前の人より相性が良くないならば、四番目の人にするのだから、その四番目にAさんと出会う場合が加わる。その場合は、(B、C、D、A)、(C、B、D、A)、(B、D、C、A)、(D、B、C、A)が考えられる。合計、10通りになる。Aさんとめぐり合う確率は、24分の10ということになる。ぐんとAさんを選ぶ確率は大きくなる。

 しかし、実は、二番目に会う人が、一番目の人よりも良い場合は、その二番目の人を選ぶというのが、最もAさんと結ばれる確率が高くなる。二番目の人がAさんである確率は4分の1であるが、二番目の人が一番目の人より良くなければ、三番目の人にして、三番目の人が、前の二人の両方または一人より良くなければ、最後の人にする。その場合、(C、D、A、B)、(B、C、A、D)、(B、D、A、C)、(B、C、D、A)、(C、B、D、A)の5通りが加えられる。合計、11通りになる。確率は、24分の11になる。二番目の人にしようと決断することが、最もAさんと巡り合える確率が高いということになる。(以上は、マリオ・リヴィオ氏の「なぜ、この方程式は解けないのか?」を参考にした。)

 こういったことは、日常の戦略にも妥当する。四つの選択肢があるとき、どれがいいかやってみなければ解からないのなら、二番目に試行したものに、一応決めておくということである。そうした方が、最善の策でなくとも、次善の策になる確率も高くなる。

 数学も、実用的でしょう。

  秋草刈り 虫の居場所を 奪いけり

 

2008年  10月1日  崎谷英文


シンベー日記 9

 徐々に暑さが薄らいできた。朝晩は寒く感じることもある。僕の家は、車庫の北側にあり、夏の間も、陽射しが直接降りかかってくることはなかったのだが、それでも、この夏も暑かった。僕も、十二才になる。人間の年齢で言えば、六十、七十才位になる。暑さが、だんだん堪えてくる。家の外の冷んやりとした土や草の上に出て行くのも億劫になり、もっぱら、夏の昼間も、家の中で、昼寝をしていた。蝉の声が、子守唄だった。

 その蝉も、晩夏に鳴くクマゼミ、ツクツクボウシを最後に聞かなくなった。今は、その代わりに、夕方からのいっせいの虫の声だ。コオロギやスズムシやら、何か判らないけれど、いろいろな虫が鳴いている。

 この間、昼頃に、突然の豪雨が来た。それは、一時間程で止んでしまったのだが、少し晴れ間が見えたと思ったら、また、豪雨になった。変な天気だ。僕の餌の皿にも水が溢れて、ドッグフードがふやけてしまった。今までは、そんなふやけたドッグフードなど食べなかったのだが、今回は、ちょっと食べてみた。すると、結構いけるではないか。やわらかくて、噛み砕く必要がなくおいしかった。そう感じるのも、自分が年を取ったせいなのかも知れない。夕方降った豪雨の後の虫の声は、いっそうにぎやかになる。

 十五夜の月を見た。日頃は、南東側はあまり見えないのだが、ちょうど、十五夜の日、主人が、夜になってから、僕を散歩に連れ出した。僕たち犬は、視覚より嗅覚の方が優れているので、夜の散歩も厭わない。駅前から、線路を渡って、南へ出たとき、西よりの山の上に、見事な満月が見えた。主人も止まって、じっと見上げていた。僕も、暫く、うっとりしていた。

 最近、猫のグレが、この主人の家に住み着いたようになっている。主人が、朝起きると、グレが縁側でちょこねんと座っているらしい。主人たちは、グレに餌はやらない。しかし、主人はグレに声をかけ、見当たらないと心配そうにしている。主人が、グレに近づいても、グレは逃げない。僕は、時々、グレに餌を分けてやっている。

 グレが、縁側からテレビを見ていて、最近、僕に教えてくれた。人間社会が、経済危機とかになりそうだと言う。どうやら、欲張り同士が、葉っぱを金貨と間違えて、取り合いをしているらしい。葉っぱだと分かって、大パニックになっているらしい。キツネのゴン太のせいではない。人間たちは、馬鹿者だ。大儲けしようなどと考えるからいけない。こつこつ、地道に生きていけ。

 彼岸花が、刈り取られた田んぼの畦や川の土手に、綺麗に咲いている。彼岸花というのは、律儀だ。彼岸の入りの頃から咲き始め、彼岸に満開になる。毎年、そうだ。人間は、知恵は発達しているが、彼岸花のように、無為自然の中で道理を知ることができなくなっている。

 近頃、原じいの姿を全く見ない。心配だ。誰か教えてくれ。

  刈り取られ 稲田に遊ぶ 親子鷺(シンベー)

 

2008年 9月21日  崎谷英文


今、現在

 私たちは、今、現在を生きている。過去も未来もない。あるのは、今、現在だけである。人は言うであろう。過去があるから、現在がある。未来があるから、現在を生きるのだと。

 確かに、過去のすべての蓄積が、今であり、未来への思いがあるから、今がある。

 しかし、人は、過去にこだわる。昔、こうだったから、今こうなっている。以前、あんなことがあったから、現在こうなのだと。果ては、この時代、この場所、この親の下で生まれたがゆえに、こんな俺になってしまったのだと。

 過去にこだわると、窮屈で、楽しくない。過去のことは、自分自身の反省となる。しかし、後悔しても、どうにもならない。自分自身の後悔は、まだしも、親や家族や他人に対しての、過去のこだわりを持つことは、意味が少ない。

 下村湖人は、「次郎物語」の中で、徹太郎に、岩の割れ目から伸びている松を見ながら、次郎に対しこう言わせている。「運命を喜ぶことのできない命は、卑怯な命だ。どうすることもできないことを、泣いたり恨んだりしたって、何の役に立つものではない。その運命の中で、気持ち良く努力することなんだ。それが、本当の命だ。あの松ノ木の種には、そういう本当の命があった。」(抜粋)

 過去のすべてを含めて、現在の自分がある。すべての人が、同じであることこそおかしい。すべての人は、異なった過去を持った今の人である。同じ過去など持ち得ないのだ。過去を恨み、他人を恨んでも仕方がない。せいぜい、ああ、あんなこともあった、あの時、そんなことがあったと、追憶するぐらいでいい。

 未来を夢見て生きるのは、ある程度、当たり前である。米を作っていても、その実りを期待している。しかし、未来への希望を絶対的なものだと思っては、いけない。未来が、思うようになる訳がない。未来が、思うようになるような人生など、おもしろくもなかろう。どうなるか解からないからこそ、人生はおもしろい。未来を夢見ながら、期待しながら、何が起こるかわからないのが未来なのだ。

 米だって、いくら一所懸命作ったとしても、自然の変化や、思わぬ出来事で、上手く実るかどうかは解からない。しかし、それが、人生であり、世の中であろう。未来を思い続けるということ、未来への思い入れ、思い込みが、苦しさを生み出すのだとも言える。

 「次郎物語」の中で、徹太郎は、こうも言っている。「運命に勝とう、勝とうと焦ると、自分の力の及ばないことや、道理に外れたことをする。岩を割る力は、幹の堅さでなくて、命の力なんだ。じりじりと自分を伸ばしていく命の力なんだ。勝つとか負けるとかということを忘れて、ただ、自分を伸ばす工夫をしてさえいれば、自ずとそれが勝つことになるんだ。」(抜粋)

 どうなるか解からないのが人生だ。ただ、今を、過去にこだわらず、未来に執着せずに、ただ、今の、できるだけのことをすればいい。

  命かけ ツクツクボウシ 季節(とき)を鳴く

 

2008年  9月11日  崎谷英文


小次郎ものがたり 2

 わしは、3千年以上生き続けているトンビ(鳶)の小次郎である。3千年も生きていると、飽き飽きしてくるのだが、この地球上の人間たちの有り様を見ていると、退屈しない。

 2千5百年ほど前、はじめてインドに行った。その頃、インドは小さな国に分かれていていたのだが、その一つの小さな国の王子だった人間が釈迦となり、大勢の弟子たちを連れて放浪していたのを思い出す。王子の身で、子供もありながら、老人、病人、死人、出家者と次々に出会い、自らも修行の旅に出て、長い瞑想のあと、悟りを開いた。日差しの中、眩しそうにわしを見つけて釈迦仏陀は、にこっと笑った。わしも、興味を持って、釈迦仏陀の話を何度か聞いたが、わしも若かったせいか、あまりよく解からなかった。

 その頃、ギリシャや中国にも行ったのだが、ギリシャではソクラテスやプラトン、彼らと議論を戦わすちょっと怪しいソフィストたちがいて、その話を聞くのも面白かった。中国では、心のこもった礼儀を説く孔子や飄々と道を説く老子などがいた。

 戦いに明け暮れている人間社会の中で、同じような時代に、偶々だろうが、この世の真実を見分けようとする風潮が、世界の中で生まれていたように思う。深く人の苦しみ悩みの本質を見極めようとする彼らの思想は、今も、人々を、時に、その苦しみから救い出す。わしの居るこの里では、仏教信者が多い。しばしば、お経の声を聞く。

 わしも、3千年生きているが、いろいろ苦しみはある。自然の摂理とは言え、野鼠たちを捕らえて食さねばならない。その度に、涙を流す。間違えて、ヒヨコを食したときは、直ぐに新しい卵が生まれますように、と祈ったものだ。わしの領域に入ってくる同僚には、やはり、威嚇せねばならない。長生きすれば、悩みがなくなる訳ではない。

 人の世も、様変わりして、機械文明、IT文明にみんな取り付かれている。コンピューターや携帯電話など、見えない電波に操られている。わしのようなものには想像がつかないが、何か、幽霊と会話しているようにさえ思う。

 今は、実りの秋で、今年は天気もよく、綺麗な黄色い稲穂がその実を垂れている。英太の田は、英太が草取りを懸命にしているようだが、周囲の人たちには、倒れる心配はないですねと言われる程度の出来のようだ。田んぼも、古くは、人々が鍬で耕していたのだが、その後、牛や馬を使って耕すようになり、今では、トラクターというもので人が座ったままで耕すようになった。八十八の手間をかけて作った米の有難さが、どんどんなくなっている。

 この間、アメリカの大平原に行ったときには、仲間だと思っていたのが、農場に肥料を播く飛行機だったのでびっくりした。日本では、まだ狭い土地で、こつこつと丹精を込めて米を作っている人たちが居る。彼らの苦労は、報われていない。

 わしらは、いつまでたっても、自らの手で食べ物を確保する。そうして、太陽と空と大地に感謝するばかりだ。

  夕闇に 猫の目光る 虫の声

 

2008年 9月2日  崎谷英文


怠け者

 私は、怠け者である。

 身体を動かすのがおっくうだ。面倒なもめ事は嫌である。楽しい遊びが好きだ。酒を呑むのが好きだ。可愛い女性が好きだ。よく眠れないくせに、寝るのが好きだ。野菜を育てながら、自然農法だなどと言って、雑草を抜くのは面倒だと、放ったらかしにする。料理など、ろくすっぽできないくせに、今は、それ程でもないが、以前は、旨いものを欲しがっていた。他人ときちんと話さなければならないのに、自分勝手に受け応えする。もっと、きちんと読まなければならないのに、適当に読んで、解かった気になる。犬のシンべーは好きなのだが、散歩はしんどいと思いながら、仕方なく散歩している。他人のためだと言い訳しながら、自己満足でしかないことをやっているような気もする。

 私は、怠け者だ。

 勇気もない。優しさもない。頭も悪い。

 しかし、私は、なぜか生きている。

 勇気がないから、悪いことをすることができない、と言うのは言いすぎかもしれないが、優しくないから、友人のために、本当に親身になって動けないのかも知れないと悩む。力がないから、廃品回収の新聞を持ち運ぶのが、疲れる。頭が悪いからだろうか、今になっても、人生の何たるかを解かっていない。

 結局、私は、楽をして生きている。

 昔、山中鹿之助が、天の月に向かって、「我に七難八苦を与え給え。」と言ったような気概がない。若い頃、元気一杯だった頃、この山中鹿之助のことばが好きだった。しかし、今は、もう、知っているというだけだ。

 やっぱり、私は、怠け者である。

 何かあれば、「寝るより楽はなかりけり。浮世の馬鹿は、起きて働く。」という言葉を言い訳にしている。いつ死んでもいい、などとほざきながら、身体の調子が悪いと、心配になり、死んだ後のことなど解かっていないくせに、死んで地獄に行くのは嫌だから、正直に生きなければならないと思っている。

 楽しく生きればいいじゃないかと思いながら、何が、本当に楽しいのかは、本当には解かっていない。つまり、楽して生きようとしても、楽に生きていない。

 いつも、自分のことが不安になる。自分はこれでいいのだろうかと、自信がなくなる。だから、一所懸命に、一応はやってみるのだが、やっていること、考えていることが、善いことなのか、正しいことなのか、解かっていない。だから、適当なところで終わらせる。

 私は、怠け者だ。

 霞を食って生きるのだというのは、怠け者に違いないと思いながら、その怠け者にあこがれている。

  空蝉の ぽつりぽつりと 雨に落ち

 

2008年  8月20日  崎谷英文


同化と異化

 生物学において、同化とは、生物体内で行われる、様々なものを合成して、身体、エネルギーを作り出す働きを言う。例えば、植物の光合成は、二酸化炭素と水から太陽エネルギーを得て、栄養分を作る。また、動物では、例えば、対外から摂取されたたんぱく質をアミノ酸に消化して吸収した後、そのアミノ酸を合成して必要なたんぱく質を作る。

 異化とは、同化された物質が、生活活動によって消費され、簡単なものに分解されていくことを言う。合成されたたんぱく質やでんぷんは、消費されて、最終的には、簡単な窒素化合物や水や二酸化炭素になる。生物におけるこの同化と異化は、物質循環、地球全体の生態を維持するうえでの基本的な働きである。

 心理学において、同一化、または同一視という概念がある。自分自身以外のものを、自分自身と同じように捉える感覚と言える。目の中に入れても痛くないような子供と言う場合、熱烈な阪神タイガースファンが、阪神タイガースの勝ち負けによって、自分自身の気分、気持ちが揺れ動く場合、大好きなスターを追いかける場合など、同一化の現れであろう。その時、子供と自分とは別なものであるようでいて、寄り集まって、自分が合成されている。阪神タイガースと自分とは、全く違うものであるのに、寄り集まって、自分自身の感情が決定される。生物学上の化学反応ではないが、似通った同化現象と言えないだろうか。

 第二次世界大戦における、お国のためと言うスローガンは、正に、日本国民と日本国とを同化させようとするものであったろう。今、オリンピックが行われているが、日本人の活躍を期待するのは、心理的同一化の現れであろう。

 心理的同一化というものは、悪いことではない。夫婦の心は一つであるべきなのかも知れない。日本人の活躍を期待し、応援し、一喜一憂することが悪いことはない。いろいろな人々と思いを共有できるのは、素晴らしいこととも言えよう。他のもの、他の人と同一化することにより、その人の精神が安定し、充実していくことは、もともと弱い人間にとっては、必要なこととも言える。

 しかし、行き過ぎた同一化は、危険である。憧れは、献身となり、さらには従属となる。戦争で犠牲になった人々を、同一化させたままにしようとして、英雄化する。国家の戦略である。熱狂的なファンは、ストーカーになれば拒否される。人は、個人個人は別である。溺愛した子供も、成長し、他のものと同化していくとき、親とは、まるっきり異化するのではないが、その同化の程度は崩れていく。

 どうやら、生物、生態における同化と異化は、人間社会にも適用されそうだ。同化していくだけでは成り立たず、異化もされなければならない。共感を持って、互いに、その幸、不幸を同一のものとしていくことも必要ならば、行き過ぎた同化は、反対に極端な憎悪を生じさせることともなり、正しく異化されていくことも必要となる。

 愛が同一化ならば、憎しみも同一化である。異化できないから、憎しみになる。

  山々は 真青の夏を 背負ひけり

 

2008年  8月11日  崎谷英文


小次郎ものがたり

 わしは、トンビ(鳶)の小次郎である。世界中を飛び回っているが、普段は、日本の播磨地域をテリトリーにしている。

 播磨地方は、この頃、二・三週間、雨があまり降っていない。田んぼは、まだ、近くの池に水が残っているようで、水は充分満たされて、一ヶ月余り後の稲の収穫を待つばかりになっている。その中でも、ひときわ稲の背が低く、草茫々で、色の黄色い田んぼが目立つ。あれは、怠け者の英太の田だ。それでも。少しは、実るだろう。

 畑の方は、みんな困っている。家の隣にあるような畑はまだいいが、遠くの畑は、水を遣るのが大変だ。からからに乾いて、トマトやキュウリの葉が茶色く枯れかかっている。

 と思っていたら、急に雨が降り出した。局地的豪雨だ。空高くから見ると、南西の方は明るい。今、日本の所々で、短時間の豪雨がある。この間、ちょうど東京まで足を伸ばしていたら、ものすごい雨になって驚いた。ちょっと通過するだけのつもりだったのだが、仕方なく、六本木という所の高いビルのひさしを借りた。

 わしは、都会が好きではない。食い物がないのはもちろんだが、わしたちトンビには、住処がない。カラスやハトなどは、上手いこと巣を作って、都会の人間の残り物を頂いているようだが、トンビに必要な森もないし、生きた餌もない。大体が、都会には、土がない。ぽつんぽつんと公園らしきものはあるが、本当の土ではない。本当の土は、生き物たちの宝庫のはずだ。都会の土は、人工の土に見える。そんな所にわしたちの餌はない。空気も不味く、喉が痛む。自慢の鳴き声などでてこない。

 その点、この播磨の、またその中のこの小さな盆地は住みよい。わしは、いつもこの土地の人たちの様子を眺めている。まだまだ、素朴な人たちばかりだ。ここにも文明は、充分訪れている。村の三方を自動車道路が通り、ひっきりなしに、トラックや自動車が走り抜ける。そう、走り抜けるのだ。この村に下りてくる車は少ない。

 四方を山で囲まれたこの盆地で、わしは、実は、三千年以上生きている。縄文時代の人々が、イノシシ狩りをし、木の実を採るのを見てきた。弥生時代には、荒れた土地を、多くの人たちが切り開いていた。その頃の人々の生活は、豊かではない、と今思えば思う。よく生きて、四十才ぐらいだっただろうか。幼くして、若くして死んでいく子どもも多かった。しかし、その頃には、人々は、死んだ者たちをきちんと埋葬していた。ちゃんとした宗教などなかったろうに、それでも、なぜか、手を合わせていたように記憶する。

 古代の人々は、今と比べ、豊かではなかったが、今と比べて、不幸だったとも言えない。今の人間たちは、長生きになった。しかし、それでも、やはり、いつ死ぬか解からないのは、昔と同じだ。古代の人たちは、いつ死ぬかもわからない過酷な生活の中で、懸命に生きていた。現代人は、まるで、無限の生命があるかのように思い違いしながら、苦しんで生きている。長生きするために苦しんでいると言ったら、言いすぎだろうか。古代人は、山と川の大地、太陽と恵みの雨の空、豊かな海と共に、確かな生命を育んでいた。その時、わしと人間たちは、兄弟だった。今、人間たちは、わしのことなど見向きもしないのが普通だが、この村の人たちは、まだ、わしのことを、にこやかに見てくれる。

  家ダニに 手足噛まれて 生きており

 

2008年  7月31日  崎谷英文


麻痺

 麻痺とは、辞書で引くと、しびれて感覚がなくなること。脳や神経などが働かなくなり、運動機能、感覚機能が失われることとある。前者は、正座した後の脚のしびれのようなもので、後者は、脳梗塞や脊椎神経圧迫により足がしびれたり、上手く動かなくなるようなものであろう。共に、身体的麻痺である。

 しかし、もう一つ、通常の働きや動きが停止すること、というのがある。これは、身体的なものに限らない。例えば、交通が麻痺すると言う。良心が麻痺するという例も、辞書には載っている。これらは、身体に限らず、本来の働きが、停止する、失われるということなのだろう。

 だが、正常な交通というのは解かりやすいが、正常な良心というのは解かりにくい。人は、しばしば、麻痺するようである。

 現実の、戦争状態において、兵士たちの、平常時では考えられないような残虐行為、差別的行為などがよく起こる。殺す、殺されるという極限状態においては、優しい思いやりの心は、むしろ、邪魔となる。一瞬の優しさが、自らの命を奪うことにもなる。その時、兵士たちの心は、麻痺しているのではなかろうか。

 だから、戦争は、非人間的であるとも言える。通常の人間的な心を麻痺させねば、勝ち残れない。

 多分、人は言うであろう。いや、戦争には、もっと大きなものを救うという目的がある。家族、国民、民族を、将来に向かって生き残らせるのだと。正義は貫かなければならないのだと。しかし、やはり、心は麻痺している。

 このような心の麻痺は、戦争時だけではない。よく、必要悪ということが言われる。悪いことと解かっているのだが、どうしようもなく必要で仕方がないことという意味になろうか。

 人は、制度、組織、ある状況に放り込まれるとき、神経、感覚が麻痺する。自分自身の通常の感覚ではおかしい、と思われるようなことも、周囲のみんながやっていると、同じようなおかしいことをやってしまう。赤信号、みんなで渡れば恐くない。それは、あたかも、社会のため、組織のための必要悪となる。

 今、世の中に、不祥事がよく起こる。しかし、その多くは、神経、感覚の麻痺から起こっている。天下りに関する官製談合、居酒屋タクシー、都道府県の教職員採用問題、等々多分、これらのことは、当の本人たちにとっては、これくらいはどうってことはないだろうという感覚であったと思われる。世間の人々も、そんなことは、以前からどこにでもよくあったことに気づいていたと思う。そうなると、我々自身も、感覚が麻痺しているということなのだろう。まあ変だけど仕方がないか、という感覚である。

 我々自身も、属する制度、組織、状況の中で、感覚を麻痺させている。ぬくぬくとした環境にしろ、寒々とした環境にしろ、本来の感覚を麻痺させている。言い訳が上手であっても、間違いなく、どこか麻痺している。言い訳は、自己正当化であり、感覚の麻痺を正当なものとしようとする。その為に、ますます、おかしな方向に進んでしまう。御破算で願いましては、とどうしてもできない弱い人間たちがいる。

 私自身、きっと何か感覚が麻痺していることがあるに違いないと思っている。時々、少しずつ、気づく。

  夏の夜に モーツアルトの 色を聴く

 

2008年  7月20日  崎谷英文


田中君への手紙 8

 先日は、また、イサキなどおいしいものを食べさせていただき、有難うございました。奥様にも、心からのおもてなしをいただき、感謝しています。娘さんも、現代っ子らしく、可愛らしかったですよ。

 「つれづれなるままに、日ぐらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」

 徒然草の序です。私もまた、常に忙しくてどうこうせねばならないということもなく、時に、激しく考えたことを、書き留めておこうと、いろいろ書いています。兼好自身が、「あやしうこそものぐるほしけれ」、まことに妙に気違いじみていると言っているほどでもないですが、思いついたこと、思い込んだこと、思い入れのあることを書いていると、なんとなく、気持ちが落ち着くようです。それは、「心にうつりゆくよしなしごと」であり、勝手気儘な、談論放言、戯言に過ぎません。私の書いたものが、難しいと思われるのならば、それは、まさしく、私の文才のなさであり、申し訳なく思います。

 貴君が、病気で大変だったことを知って、驚きました。実に健康そうで、メタボリックシンドロームにも関係なさそうで、へこたれるようなことなど全くない頑健な精神を持っていそうな貴君にも、弱点はあるようですね。充分に、体をいたわってください。

 奥様の心配は如何ほどであったかと、察します。貴君は、全く幸せ者です。貴君のことを、そんなにも思い、心配し、いたわる奥様の居られることを、貴君は、感謝すべきです。

 貴君にしろ、M君、Y君、S君、K君、H君にしろ、それぞれ、現代経済、文化の最先端の中で、活躍しておられ、世の中を正しく導いてくれるものと、期待しています。みんなには、静かなる高邁な野心を持ち続けられることを、願っています。私は、ただ、山を眺め、土に親しみ、隠者の如く暮らすばかりです。

 この間、誤ってキジの親子を死なせてしまいました。人は、生きているだけで意味がある、と思ってはいますが、また、逆に、生きていることは、知らず知らず、他や人に迷惑をかけていることなのでもあると、痛感しました。

 存在そのものが、災い、害でもあるということは、意識するものではありません。むしろ、そう、意識してはいけないものでしょう。しかし、心の隅で、知らず知らず人に迷惑をかけているかも知れず、そういった周囲の人たちによって自分は生かされているのだと感じていることは、いいことなのかと思います。

 また、難しい言い方になりましたか。

 あらゆる人は、誰かにとってかけがえのない存在です。田中君の奥様は、田中君にとって、かけがえのない存在です。田中君は、そういう奥様に苦労をかけ(奥様は、苦労と思っていないかもしれないですが)、心配をかけながら生きているのです。

 勝手なことを書きました。許してください。また、会いましょう。奥様、娘さん、パピーによろしく。

  夏草の 下に黙して 亀住めり

 

2008年  7月10日   崎谷英文


退化論

 ダーウィンの進化論は、三つの要素から成る。生物の個体はすべて異なる。個体の持つ形質は遺伝する。そして、三つ目が、個体の多くは早く死ぬ。

 生物の個体は、同種同類であっても、その一つ一つはすべて異なる。形質(形と性質)が同じように見えても、必ず、どこか異なる。同じ、モンシロチョウでも、よく見ると同じではない。一卵性双生児を見ても、その遺伝子は同じであっても、受精卵以降の成長過程は異なり、いくら似ていても、どこか違っている。クローン生物にしても、やはり、全く同じではない。

 個体の持つ形質は、次の世代に遺伝する。隔世遺伝することもある。個体はすべて異なっているが、その個体の持つ形質は、遺伝子によって、子孫に受け継がれる。個体の持った特徴的な機能、神経、反応能力と言ったようなものが、遺伝していく。

 生物の個体の多くは、早く死ぬ。実は、このことが、ダーウィンの進化論の大事なところである。個体の多くは、環境に順応できず、あるいは、同種のものとの生存競争に負けて、子孫を残すことなく早く死んでいく。そうして、環境に順応した、競争に打ち勝った個体だけが、子孫を残す。これが、いわゆる、自然淘汰である。

 遺伝子の複雑な絡み合いの中で、環境に順応した、生命力の強いものたちに、徐々に集約されていく。突然変異というものも、大いに関連する。これまでの親と劇的に異なる子が、偶々、環境に合って、その子孫たちが、生き残っていくこともある。鳥インフルエンザが変異して、人に感染するようにもなりうる。

 そうやって、人類も、誕生したのだろうが、その後、果たして、人類は、進化しているのであろうか。

 人類の歴史は、殺戮と征服と抑圧の歴史であった。そうすると、人間同士において、相手を倒し、制圧していった者たちが、今、この世に残っているのかもしれない。人類の中の、自然淘汰である。事実、自分たちの民族の優越を唱え、他民族を大量に殺害し、自分たちの世界を築こうとした輩が、つい以前にいた。

 人類の歴史が、弱い者たちを亡ぼし、強い者たちだけが生き残ってきたことを示すものだとしたら、今、生き残っている私たちは、まさに、強い者たちとなる。それは、進化なのだろうか。

 そうではあるまい。むしろ、我々は、強欲で、暴力的で、邪悪で、破壊的で自分勝手な遺伝子を受け継いできている。弱き者、心優しき者たちを抑圧し、迫害し、自分たちの世界を形作り、保ってきたのだとしたら、今生きている私たちは、けだものにも似た、弱肉強食を当然とする形質を受け継いでしまっているのではなかろうか。わずかに生き残っている心優しき者たちの声はか細くて、かき消されていく。

 人の心は、もっと優しく、慈しみのあるものだったはずだ。多分、人類は、退化している。

  夏風や 犬の古毛は 空に舞い

 

2008年  7月1日  崎谷英文


認められたいという思い

 人には、認められたいという思いがある。それは、煩悩の一つであろう。しかし、その煩悩から逃れきることは難しい。

 子どもたちも、認められたいと願っている。単純な行動も、認められたいがゆえに行われる。誉められることは、典型的に、認められることである。叱られることは、認められないことに繋がる。だから、叱られると、今度は、叱られないで誉められ、認められるように頑張ろうとする。誉めることと、叱ることは、上手く使い分けなければならない。

 叱られてばかりいては、頑張っている自分が、どこまでも認められないことになり、叱っている相手には、もう認められなくてもいい、というようになる。無視したり、開き直ったり、逆に攻撃的になったりする。

 それでも、やはり、自分自身の存在を、誰かに認められたいという思いは変わらない。あるいは、他の者に威力を示すことにより、自分の存在を認めさせようとしたり、あるいは、ゲームの世界の中だけで、自分を誇示しようとしたりする。さらには、人から認められることに絶望的になり、自分自身のたった一人の世界に閉じこもったりする。

 マザー・テレサが作った「死を待つ人たちの家」は、そんな誰からも認められない人々を、死を前にして認めていくことに意味がある。死に行く人々は、誰かに看取られて、自分の存在を認められているという心の平安が得られる。自分の生命の無駄でなかったことを知る。

 認められたいという思いは、煩悩でもある。そこから、地位、名誉、権力への欲望も生まれる。偉そうにしているのがうれしいのだ。他人と比較して、自分自身が優越しているという感覚を、どこまでも追い求める。自分自身に、地位、名誉、権力がないときには、地位、名誉、権力のある者に近づき、取り付こうとする。その者たちとの一体感が、優越感をもたらす。自分自身がスターとなったかのように、一時的に錯覚する。誰それを知っているとか、誰それと話したことがあるということさえ、優越感をもたらすようだ。金銭が、地位、名誉、権力の象徴と思い違いしていく者たちもいる。

 認められたいという思いが、とんでもない犯罪を生む。秋葉原の事件も、そうすることにより、その青年は、自分の存在を、世に認めさせたのだ。

 認められたいという思いは、社会人たる人の属性でもある。認められたいという思いは、社会性を培い、他人との友好を育む。社会の制度や仕組みに馴染み、社会と上手くやっていかなければ、認められず、人と仲良くしなければ、認められない。社会に馴染み、ニコニコしていることは、自分自身の安全、安心にも結びつく。

 認められたいという思いは、煩悩でもある。認められたいという思いがなくとも、社会と上手くやっていき、人々と上手くやっていくことはできる。真の自由は、認められたいという思いを越えたところに、ありそうな気がする。

 人に誉められても、認められても、叱られても、怒られても、馬鹿にされても、うれしくもなく、悲しくもなく、寂しくもない面(つら)の皮になってみたい。

  あばら家に 呼びもせずのに 蝶と猫

 

2008年  6月18日  崎谷英文


シンベー日記 8

 また、五月蠅い季節がやって来た。蛙が、毎夜、大合唱をする。田に水が入って、田植えの準備が始まったのだ。僕の家の北の、畑を隔てた所に二反程の田がある。そこに水が入れられ、一斉に蛙が鳴きだしたのだ。ただでさえ寝苦しい、湿っぽい時に、このうるささが続く。僕の主人は、そんなことも知らないで、朝早く、僕をたたき起こす。眠たいのだが、おやつをくれるから、まあ、良しとしよう。

 とは言え、僕は、この季節が嫌いではない。主人と散歩していると、周りの水がいっぱい張られた田に、青々とした山の木々の映るのが見える。時々、空を飛ぶ白鷺が、水面を横切る。なんとなく、水の匂いさえ、漂っているように感じる。

 もう少し経てば、その田に、碁盤の目のように小さな苗が並ぶ。水に浸かりそうになりながら、わずかに突き出た稲の苗が、踏ん張るように、その先を風になびかせる様子が、目に浮かぶ。

 今、人間の世界は食糧危機になっていきそうだということを、猫のグレから聞いた。食糧危機には、いろいろ理由があるようだが、ところどころにある休耕田を見ると、人間は何をやっているのかと、不思議に思う。日本という国は、食料自給率が40パーセントしかないらしいが、それは、人間が大地に根付かない生活をしているせいだと、源じいが言っていた。源じいは、暫く、体調を悪くして姿を見せなかったのだが、少し良くなって、時々、顔を見せるようになった。源じいは、ますます、世の中を諦観してきているようだ。頭ははっきりしているが、動きが鈍く見える。もう年なのだ。

 人間は、言葉を覚え、巧みに使っているが、その言葉が問題なのかもしれないと、ハナ婆さんが言っていた。論理的に語り、社会の仕組みを作り上げてきたのが言葉であるのかも知れないが、人間は、そのことにより、大切なものを忘れてしまいそうな状況なのだ。もっともらしく語る言葉に、人々は騙され続けているのだと言う。

 そうかも知れない。僕たち犬は、五感のすべてで感じ取る。言葉で惑わされるよりも、その匂いを嗅ぎ取り、表情を読み取り、声音を聞き分ける。そうしていれば、猫のグレがテレビで見たような、飢えで苦しむ人々を尻目に、穀物の値を吊り上げて、儲けることだけを考えるような人間が跋扈することはないように思うのだが。人間たちは、言葉で主義主張をし、言い訳をしているが、おかしいことはおかしいのだ。需要と供給の原理でこそ世の中は動いているのだと言うのなら、人間社会は、根本的に考え直されねばならない

 ツバメが数羽、田の水上低く、戦闘機のように飛び交う。天気が悪いと、ツバメは低く飛ぶ。小雨だと言うのに、モンシロチョウが、五・六羽、楽しそうに花から花へと移り渡る。主人は、青虫の退治をしていないようだ。一羽の鴨が、餌を漁りに、田に下りてきている。そこに、二羽の小鴨が追いかけてきた。じめじめしているが、長閑だ。ちょっと昼寝をすることにする。

  五月雨の 止みて夕日の 紅きかな(シンべー)

 

2008年  6月 芒種  崎谷英文


自由と不安

 自由と一言で言うが、一体自由とは何であろう。自由の反対は、不自由であるが、その不自由とは何なのか。不自由であるとは、束縛とか、強制とか、拘束とかがあることになろうか。そうすると、束縛とか、強制とかがないのが、自由と言うことになる。

 人間の自由は、心のほしいままにできると言うことだろうか。もしそうだとしたら、孔子の七十才の境地、「心の欲するところに従えども矩をこえず」に達しない限り、常人にはそんな自由はない。人は、欲深き醜い心を抑えながら、生きている。通常、心のほしいままに動けば、人を害する。そんな自由はない。私も、一人でいるとき、攻撃的で、いやらしい心に満ち溢れている。孔子の境地には到達できない。

 ほしいままの自由を認めるとき、それは、猛獣の世界であり、闘争の世界になる。時に人間は、猛獣の世界に入り込む。

 自由と言うものは、選択の可能性を認めることだとも言える。束縛があり、強制があると言うことは、選択の可能性がないということになる。

 ある有名な男優の娘が、奔放で、それでも自由がないと叫んでいた。その父親が、何とか、娘を立ち直らせようとしていたが、最後に、手が尽きて、「もう勝手にしろ、さあ、お前は何をしてもいい、自由だ。」と娘に言い放った。そのとき、その娘は、大いに喜ぶべきであったろうが、逆に、途方にくれ、今まで味わったことのない不安に陥ったと言う。

 自由と言うものは、自分で考え、自分で判断をし、自分で選択し、自己責任を負う。娘の自由は、ただ、束縛に対しての反発でしかなかった。自分が何をしたいのか、何をしたらいいのかと言うこと以前の、強制に対する抵抗でしかなかった。だから、いざ解き放たれたとき、自らするべきことが分からず、当惑した。親の束縛、強制の中での抗いであればこそ、安心できていたのが、その庇護から外れていくと言う実感が、とてつもない不安を呼び起こした。

 束縛は、自由を損なう。しかし、そこには、安心感もある。考える必要がない。膨大な選択肢の中から、自分の責任で判断し、選び取っていくことは、とてつもないストレスとなり、不安の中におとしいれる。自由は、孤独であり、不安である。そこから、人は、E・H・フロムの言う、自由からの逃走を図りだす。自分で考えなくてもいいように、権威にすがる。他の人がしていることと同じことをしていれば安心でき、ただそれに追随する。人が持っているものが、欲しくなる。サドにもなり、マゾにもなる。

 人間は、自由と言うものを獲得しながら、その自由を真に使いこなしていない。自由でありながら、何ものかに付き従うことによって、安心を取り戻そうとしてしまう。そうして、自分で判断しているようで、自分で判断していないと言う自己欺瞞に陥り、ますます不安から逃れることができない。

 何ものにも囚われない自由な心を獲得することは至難なのだろう。

  鷺一羽 夏の嵐に 凛と立ち

 

2008年  5月30日  崎谷英文


縄文の心

 人類は、直立、二足歩行により始まる。二足歩行により前足が両手になり、様々なことができるようになった。道具を作り利用することができ、火を扱うことができるようになった。

 その通りではあるが、人類の人類たる所以としては、直立、二足歩行により、その重い脳を支えることができるようになったことが、重要だと思う。四つ足では、重い脳は支えられない。知恵が発達していくためには、直立、二足歩行が必要であった。脳が発達し、直立、二足歩行になったのか、直立、二足歩行により脳が発達していったのか、その後先は分からない。直立、二足歩行と、脳の発達とが、密接に関係することは確かであろう。四つ足動物にはあまりなさそうな、脊椎や背骨の障害、病気は、直立、二足歩行の人間故であるのかもしれない。

 そうして、さらに進化し、新人類になって、脳は一層発達し心を獲得する。人もまた自然そのものであった時代から、自然と人とを区別し、自分自身を見つめる心も生まれた。しかし、人は、自然と人とが、結局は同じものであり、同じ根を持つものであることは、忘れなかった。

 土器を作ることを覚え、集落で住むようになった縄文時代後期、縄文人は、狩猟、採集、漁労の生活を送っていた。縄文人は、人と人以外の自然を、はっきりと区別する意識は持っていたのだが、自然の動植物と人とは、密接に関連し、今、熊であっても、それは昔人であったかも分からず、将来、その熊が人になり得るとも感じていた。逆に、今、人である自分も、以前は熊であったかも知れず、いつか、熊になるかも知れないと思っていた。

 このように、熊と人とを入れ替えても同じであるとき、対称性があると言う。X×Yや、X+Yは、対称式であり、X÷Yや、X−Yは、対称式ではない。熊と人とを入れ替えても世界は同じだった。

 縄文人は、あらゆる生き物、さらには全ての存在するものも含めて、同じ根があると考えていたのではないだろうか。だからこそ、獲物を頂いたら、それだけのお返しをせねばならない。獲物に対し、あらゆるものに対し、敬意を払い、時に、祭りにおいて感謝の踊りをし、生贄をささげた。あらゆるものに対称性があるのだから、人と人とにおいて対称性があるのは当然だったであろう。

 今朝、田の草刈りをしていた。腰辺りまで伸びている草を、草刈り機で刈る。肩から提げた草刈り機を、力の限り振り回していた時、バタバタという音と共に、茶色の、カラスより少し大きな鳥が、首に血を垂らしながら目の前に現れた。キジであった。その横には、卵が五、六個ある。キジの母鳥であった。この草原に、巣を作っていたらしい。母鳥は、草刈り機の近づく大きな音にも逃げず、卵を守っていた。私は知らず、その母キジを殺してしまった。卵を含め、命を七つほど奪ったのだ。どうして、私は気がつかなかったのか、後悔する。悉生仏性、合掌が続く。暫く、胸に残り、忘れることはないだろう。

 縄文人は、生も死も越えた宇宙の大いなるものに敬意を抱いていた。現代人のように傲慢でなく、謙虚に生きていた。

 その後、心は変化したかのように、自然を操作し、支配しようとするようになっていく。

  目を閉じる キジの親子の 飛ぶ浄土

 

2008年  5月17日  崎谷英文


近景

 先日、家の隣にある畑の南側、通りに面した草むらにキツネが死んでいた。隣のおばさんが知らせてくれた。そのおばさんは、犬が死んでいると教えてくれたのだが、行って見ると、明らかにキツネであった。逆三角形の顔をしたキツネである。死因は分からない。自動車に撥ねられたような痕もなく、綺麗なキツネだった。子どもでもなさそうだ。おばさんが、線香を二本立てていてくれた。

 この辺りでも、キツネを見るのは珍しい。しかし、私は、以前、夜にキツネらしいのを犬小屋の前で見たことがある。キツネは、夜行性である。この死んだキツネが、そのキツネなのかは分からない。

 市の委託処理業者が、引取りに来てくれた。山あいの道には、動物がよく車に撥ねられていたりする。その業者の人も、タヌキの倒れたのを処理したばかりだったらしい。やはり、キツネは珍しいそうだが、山に食べ物がなくなっているからだろうと話していた。動物たちの山、動物と人との共有する里山、人の住処、との区別がなくなってきているのだろう。

 数日前に、竹やぶでイタチを見た。窪みから顔を出したイタチは可愛らしかった。一瞥し、目を合わせると、慌てたように山の奥に駆けていった。

「白牡丹と いふといへども 紅ほのか」高浜虚子

 家の裏庭に白牡丹が咲いている。五・六輪だろうか。見事な咲きっぷりである。雑木林の中に、そこだけ別世界のように華やいでいる。よく見なくても、その花の元が、赤く色付いているのが分かる。虚子の見たものは、どんなものだったのだろうか。

 幾重にも白い花弁が重なり合って、小さな猫の頭ほどのボールのようではあるが、その少しずつ開いた花弁の元に、小さく扇のように紅が見える。元は赤く、広がっていくにつれて、白に吸い込まれるように、色が薄まっていく。紅を薄めて、白が生まれたかのようだ。

 元々は、赤かったものが、その自己主張を控えて、成長するにつれ、白くなっていったかのように感じる。白は、無に繋がる。紅という有が、悟ったかのように無の白に彩色を変えていく。

 野菜を作っていると面白い。同じように植えつけた苗にも個性がある。ブロッコリーを数本植えているが、生長の豊かなものと、そうでないものができる。同じように水を遣り、有機肥料も同じように与えているのだが、それでも、育ち方に違いができる。ブロッコリーの場合は、小さかったものも、時を経て遅れて大きくなってくれるものが多い。しかし、やはり、野菜にも一つとして同じものはないと感ずる。他の野菜では、育て方も悪いのであろう、途中で枯れしおれてしまうのもいる。

 自然は、複雑系である。環境の全てが、影響をし合って、カオス(混沌)のうちに進行していく。方程式は、通用しない。蝶のひと羽ばたきが、世界の天気に影響し、人の世も変化する。人もまた、複雑系である。キャベツを植えると、蝶が舞う。

 雑草たちは元気だ。抜くのも面倒で放っておくと、しばしば、綺麗な野花になる。ますます、放っておく。

  山の緑 雨上がりてや 地を照らす

 

2008年 5月母の日 崎谷英文


共同体

 その昔、と言っても、明治の終わり頃であろうか、一人の青年が山裾の小さな村に住んでいた。彼は、初めて、村を出た。村外れに大きな川がある。彼は、その川をまだ渡ったことがなかった。それまでの彼は、村の中だけで生きてきた。家の仕事を手伝い、田や畑を耕し、山に入って木を切っていた。その村にも、小学校があり、青年は一応の勉強をしてきた。読み書きはできる。日本という国があり、世界と言う広いものがあることは教わっていた。しかし、彼は、その村を出たことはなかった。その川の向こうに行ったことがなかった。青年は、唯一つの橋を渡って、向こうの地に足をつけた。青年は言った。「ここも、日本か。」

 わずか、百年ほどの昔である。多くの日本人は、ただ狭い村、共同体の中でのみ生きてきた。その狭い共同体が、青年の世界の全てであった。生きていくためには、それで何も不自由はない。豊かな生活はできなくとも、そこには、安心があった。同じように考えている人たちがいる。その小さな村にも、小さな文化があり、しきたり、おきて、慣わしがあり、人々は、長い間それを受け継ぎながら生きてきた。不合理なしがらみであるのかもしれないが、村の人々は、その中で守られて生きている。異質な外の世界は、容易に入り込めない。異質なものを排除するように、村の人々は助け合って生きている。小さな共同体は、人々の一生を支えてきたのである。

 今、そのような共同体は、なくなりつつある。なくなったと言い切ることもできない。まだ、私の村では、古い習慣を残すように、独自のしきたりがある。

 このような共同体は、現代では存在価値は無いのかも知れない。しかし、人は、何か共同体にいなければ、安心できない存在のような気もする。

 大衆社会といわれて久しい。大衆社会では、人々は大衆の中の孤立した存在である。人々は、ただ、個としてある。かろうじて、家族が、個々の存在を認め合う。

 やはり、人々は、共同体を見つけている。そうしなければ、寂しい。交通革命、情報革命の後、狭い地域ではない遠くはなれた人々の間で、共同体を形成する。インターネットを通じて、匿名の人々の共同体が形成されていく。グローバル社会の中で、国境を越えた共同体が形成されていく。

 人は、自分ひとりで生きていくのは難しいのかもしれない。昔、車の免許の取り初めに、知り合いの年上の女性に言われたことがある。「運転は、前の人についていけばいいの。」

 大衆社会は、間違えると怖い。孤立した個は、大きな流れについていく。統制的な国家主義的状況ももちろん怖いが、大衆もまた愚かな集団となりうる。

 昔のような封建的な共同体が言い訳はないが、何らかの、共同体と言うものが必要ではなかろうか。その中では、安心することができ、気をつかわなくてもいい共同体が、人々を、孤立化、大衆化から守ってくれるように思う。

  筍を 狙うかイタチ 見え隠れ

 

2008年 5月八十八夜 崎谷英文


宇宙

 宇宙の始まりが何であったのか。宇宙の始まりの前は、何もない。元々、何かがあったとすることはできない。その何かがあったとしても、その何かが、どこから来たのかが問題になる。その何かが生じる前は、やはり何もない。どこまでいっても、行き着くところは、やはり何もない。

 何もないのだから、暗闇でもない。無色透明でもない。とにかく何もないのだから、見えるものも、聞こえるものも、触れるものも、匂うものも、味わうものもない。

 宇宙の広さを思うとき、ちっぽけな人間の存在、醜い社会が、馬鹿らしくなる。宇宙の広さは、宇宙の始まりに関わる。宇宙は、約百五十億年前に生まれたとされる。すると、宇宙の広さも、百五十億光年の広さということになる。その外側は何になるのかと言えば、それが、無なのではなかろうか。宇宙の外側には、何もない。

 宇宙の始まりは、二十六次元の世界だったのではないかという説がある。二十六次元の世界と言われても、解からない。我々は、空間三次元、時間一次元の世界にいる。五次元の世界と言われても、理解できない。

 しかし、今、人々は、三次元の世界を二次元の中で見ている。平面の世界が二次元であるが、その平面を見て、三次元の世界を想像している。絵ももちろんそうであるが、今では、テレビ、コンピューターの動く画面において、二次元に時間の一次元を加えて、仮想現実の世界を体験している。そもそも、人の視覚というものも、三次元をカメラのように網膜で二次元に写し取っていることによる。平面である紙を巻き取ったとき、それは、一次元の直線の世界になる。二十六次元の世界も、巻き取られて四次元になったのかも知れない。

 この現実世界の感覚は、この我々の次元に住む者だからと考えれば、我々の計り知れない五次元、六次元の世界があっても不思議ではない。別次元の宇宙が存在しても、不思議ではない。ただ、我々には感じ取ることができない。心は、五次元に通ずる、と言えば言いすぎだろうか。

 昔、宇宙の始まりは、プラスマイナス、0の無の世界であって、なぜか、プラス、マイナスが偏在して、物質が生じ、宇宙が始まったのではないかと、素人なりに考えたことがある。当たっている訳はないのだが、少しは、似たようなものではないかと、今でも思っている。我々の世界が、プラスだとしたら、どこかに、マイナスの世界がある。

 元々は無なのである。そこに生まれた物質は、いずれ無に帰す。全ては、あるようであって無い。我々が感じ取っていることは、幻想であり、実体は無い。ただ、実体があると思って生きている。実は、そうなのかも知れない。

 神の一撃で宇宙が生じたのだとしたら、我々は、神々のゲームの駒なのだろうか。まさか、神は、人間の争い、苦しむ有り様を、笑いながら見ているのではあるまい。

 筍掘りをした。酒を呑んだ。指を切った。しかし、楽しかった。

  友ありて 筍を食む 酒を呑む

 

2008年  4月21日  崎谷英文


シンベー日記 7

 僕の家の近くに桜の木などないはずなのに、僕が水を飲む盥に、桜の花びらが一枚浮かんでいた。

 今日、昼前に主人と散歩に出た。桜が満開だった。川の土手の桜並木の下では、ポツリポツリと、宴会をしている人たちがいる。よく見ると、おばちゃんたちだ。さもあらん。今日は水曜日だから、おじさんたちは仕事に忙しいはずだ。田舎の仲良しおばちゃんたちか、町から来た有閑マダムたちだろう。

 日本人は、本当に桜が好きだ。猫のクロが、上野の山では、桜の花の下で酒を飲もうと、その場所取りで、若者たちがこき使われている、とテレビで見たことを教えてくれた。だけど、桜を愛でるためではなさそうだ。人間たちは、酒というものを飲むために、いろいろ機会を作っている。僕も一度、主人に、ビールを飲まされそうになったが、一口で、こんなものは僕たち犬の飲み物ではないと、吐き捨てた。人間たちは、酒を飲んで、酔っ払って憂さを晴らすらしい。

 だけど、桜の花は、本当に美しい。その妖しい美しさにくらくらする。桜の木の下で満開の花に囲まれていると、昔の恋を思い出す。僕だって恋をしたことがある。5才位の頃、夜中に、突然、かわいいメス犬が僕をたたき起こした。それは、少し離れた村の、自転車屋で飼われていたナナだった。二・三度散歩の時に会っていた。僕は、ナナに一目惚れしていたのだが、どうやら、ナナもまんざらではなく、夜中にこっそり会いに来たらしい。うれしかった。それから、三日おき位に、夜中にナナと会っていたのだが、とても楽しかった。ナナは、桜の花の匂いがした。

 僕が思い出に浸っていると、その夢を断ち切るように、主人が僕を引っ張った。全く、無粋な主人だ。少しは、空気を読め。

 しかし、桜の花は、本当は、その美しさがいいのではない。僕の恋もそうだったが、その散り際の潔さがいいのだ。散る桜、残る桜も散る桜よ、と源じいが教えてくれたことがある。この世のはかなさを、桜の花になぞらえて、昔の人間たちはしみじみと観賞していたのだ。

 だけど、今の花見をする人間たちは何だ。ただのお祭り騒ぎだ。あはれも、をかしも、情緒も何もない。人間たちは、昔に比べて幼稚になっているのかも知れない。僕たち犬の方が、桜の花を感じ取っている。

 四方の山にも、桜が咲いているのだろう。ところどころに、ピンクのかたまりが膨らんでいる。今まで眠っていた山が、笑い出したかのようだ。一週間ほど前、僕の家の横を、親とはぐれたらしい子どもの鹿が通った。今、山の桜の下で、親と元気にいるだろうか。

 源じいが、俺は、西行さんの、「願はくは 花の下にて春死なん その如月の望月の頃」という歌が好きなんだ、と言っていたのを思い出した。最近、源じいの姿を見ない。少し心配になってきた。

  山風に 菜の花遠く 揺られけり(シンベー)

 

 2008年  4月9日  崎谷英文


幸福追求権

 日本国憲法第一三条「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」生命、自由及び幸福追求という言葉は、アメリカ独立宣言に由来する。ジョン・ロックの財産という表現を、幸福の追求という言葉に、ジェファーソンが置き換えたといわれる。

 幸福追求に対する権利とは、何であろうか。幸福という観念は、人それぞれにおいて異なっている。

 その昔、人々は、自由の観念を持っていなかったように思う。そこでは、家族、狭い共同体の中で、みんなが生きてゆくためのしきたりのようなものが支配していた。同じように考え、価値観を共有し、それぞれが、その役割を果たすことが、生きてゆくということであった。親から子へ、子から孫へ、大人から青年に、家族や共同体のしきたり、価値観が受け継がれていく。異質なものを排除し、内部秩序を保とうとする中で、個人の自由の領域は、とても狭い。ただ、しかし、自由はなかったが、安心感はあったであろう。

 産業革命、市民革命によって、個人は解放されていく。古い共同体は、徐々に消滅していく。それは、地域的拘束からの開放でもあった。現代に至ると、情報網、交通網の発達により、グローバル経済の名の下に、国家という領域さえも不明確になりつつある。

 このことを、素晴らしい、自由による解放とするのが通常である。しかし、本当に人々は、解放されているのであろうか。

 産業革命、市民革命による自由の獲得というものも、その裏には、あからさまな支配と被支配では、もはや、立ち行かなくなったということがある。明らかに不合理、不平等な管理体制では、個人の活動が活発化しないのである。大衆に、名目的に自由と平等というものを与え、その自発性を促していくという一面があったと思う。つまり、民衆への自由の付与は、権力者、新しい権力者の欲望を満足させるという側面があったように思う。

 もちろん、それは、権力者にとって、自らの地位が脅かされるという危険を伴い、事実、歴史的に、権力者の興亡は見られる。しかし、現代に至るまで、権力者たちの姿勢は変わっていない。大衆をコントロールし、自らの権益を守ろうとしている。

 人々は、踊らされている。自由という魅力的な言葉と、福祉という甘い誘いに乗って、権力者たちに奉仕しているという実体がある。人々は、コントロールされた自由の下で、安心感のない不安定さの中で生かされているのではなかろうか。

 幸福の追求は、今や、富か権力か地位への道でしかない。価値観の多様化した中でも、実は、結局は、行き着くところが同じように操作されていないだろうか。

 個人の幸福は、多種多様である。新しい幸福観というものを模索しなければならないような気がしている。

  春眠に 犬の遠吠え 微かなり

 

2008年 4月3日  崎谷英文


多数決

 民主主義というものが、多数決原理でできていることは明らかである。現在の日本の政治状況を見ても、衆議院と参議院とのねじれ現象は、その多数決原理が影響している。

 しかし、果たして、多数決原理というものが、それ程立派なものなのか、少々疑問に思えてきた。こういうことを読んだ。狼三匹と羊二匹とで民主的に多数決で決定を下す時、必ず、狼が勝ち、羊が食べられるのだと。

 現実の上では、羊は、全て食べられるということはないだろう。全て羊がいなくなれば、後々、狼にとって食べるものがなくなるのだから、少しは残しておいて、食べる羊を将来の為に確保しておこうとする。

 今の世の中、これに似ていないだろうか。もちろん、権力を持ち、富を持つ者たちは弱き者、貧しき者たちと比べ、圧倒的に少ない。だから、単純に狼の方が多く、羊の少ない世界ではないのだが、それでも、狼に投票する羊たちが数多くいる。

 先ず、羊たちは、狼に食べられないようにと考える。そして、羊たちは、狼たちに協力することで、自分たちの食べる草を得ることができる。羊たちは、狼たちにがんじがらめに縛られている。名目的に、自由というものが与えられているのだが、現実は狼たちの作った社会の、巨大な組織的な仕組みの中で、閉じ込められた柵の中にいる。狼たちに食べられないようにするためには、狼たちと仲良くしなければならない。逆らえば、食べられる。反抗すると、草のないところに追いやられる。

 この世にいるのは、狼だけではない。狡猾なキツネや、目を眩ますタヌキや、こっそりと見つからないように獲物を盗むハイエナたちがいる。もちろん、彼らは狼たちの味方である。もちろん、彼らは狼に投票する。時に、羊たちの中で、狼に変身する者もいるが、また、そのことが、狼たちの世界を保証する。

 かくして、強者は、弱者に君臨し、富める者たちは、貧しき者たちの血と汗と涙を搾取する。弱者は、強者に媚びへつらい、富める者たちのおすそわけに預かろうとし、そのおこぼれを願う。あざ笑う権力者と、ほくそえむ詐欺師が、跳梁跋扈する。

 このようにして、大多数の羊たちでありながら、多数決は、少数の狼たちのものとなる。しかし、望みがないわけではない。狼たちが、自分たちの醜さを知ることである。キツネやタヌキやハイエナたちが、己の所業のおぞましさを知ることである。

 しかし、今の世の中、そうはなりそうにない。やはり、多数決で世の中をひっくり返すしかない。狼やキツネやタヌキやハイエナたちが改心しないならば、羊たちが勇気を持って、狼たちに立ち向かうしかない。民主主義は、まどろっこしいのである。真心を持って、狼たちを糾し、説得すれば、狼たちも羊に変わっていく。

 などというのは、幻想か。

  野辺ゆえの レンゲの花と 知らざりき

 

2008年  3月 春分  崎谷英文


群盲の象

 有名なインドの寓話がある。目の見えない人たちが、それぞれ、象に初めて触る。耳を触った人は、「大きなうちわ」のようだと言い、足に触れた者は、「柱」のようだ、しっぽに触れた者は、「ほうき」のようだ、鼻に触れた者は、「竿」のようだ、胴体を撫でた者は、「倉」のようだと言う。

 目で象の全体を見るとき、象がどのようなものであるかは、よく分かる。しかし、一部分だけに触れてみても、その全体像は分からない。この目に見えない人たちにとって、それぞれの触れた感覚からすれば、間違ったことは言っていない。確かに、鼻を触れば、それは、竿のようであり、足に触れば、柱のようである。決して間違ってはいない。

 このことを、笑い話にしてはいけない。実は、私たちも、同じような錯覚をしている。例えば、人間の見た目では、明らかに太陽が動いている。そう思い続けて、人は生きていた。地動説が唱えられてから、まだ500年しか経っていない。それまでは、人々は、五感を働かせながら、地球は動いていないと信じてきた。

 電車に乗っていて、隣の電車が動き出した。実は、自分の乗っている電車が動いている。このようなことは、よく経験する。

 現象としては同じなのである。太陽が動こうが、地球が動こうが、見た目は変わらない。隣の電車が動こうが、自分の乗っている電車が動こうが、周囲に注意を向けない限り、同じ現象として目に映る。

 人間の認識することは、その現象である。その実体というものを見ているのではない。実体というものは、どこまでいっても、分からないものかも知れない。あらゆることは、その見るもの(聞くもの、触れるもの、嗅ぐもの、味わうもの)という対象と自分自身の関係の中で存在しているに過ぎない。

 あらゆる認識は、錯覚の可能性がある。いや、むしろ、あらゆる認識は錯覚と言ってよいように思う。ただ、そうであると信じているに過ぎない。科学的真実と言われていることでさえ、錯覚ではないのだろうか。ただ、分かったつもりになって、現象的に合理的であるに過ぎないのではなかろうか。その実体は、知ってはいない。ニュートン力学は、俗世の現象的真実でしかなかった。

 とは言っても、人はその現象の中で、錯覚の中で生きていくしかない。周囲との関係の中で、感情と理性を働かせて、反応し判断して生きていくしかない。感じ取ることのできる現象の中で、もっともらしく生きていくしかない。

 象を見ている方が、より真実に近いともいえないのではなかろうか。象の足が、柱のようであり、象の耳が、うちわのようであることは、現象的には真実である。木を見て森を見ず、という言葉があるが、森を見て木を見ず、と言うのも問題となりうる。

  日を浴びて 午睡にあまた 春の声

 

2008年 3月10日 崎谷英文


シンべー日記 6

 この間、夜のうちに雪が降った。結構な量だった。豪雪地帯では、大雪とは言わないのだろうが、この辺りでは珍しくよく降ったものだ。僕の家は、車庫の北側にある犬小屋で、その上には車庫のひさしが出ているのに、それでも、5cm.程雪が積もっていた。東の庭の木々は、一夜のうちに真っ白く化粧されていた。北に広がる田や山の一面の白は、壮観で眩しかった。

 二・三日、野良猫のクロやグレを見ない。最近、春になったと言うのに、寒い日が多く、さらにこの雪だ。僕は、少し心配をする。猫は、寒さに弱いと言うから気にかかるのだが、野良だから、きっと、しぶとく上手に、頑張っているのだろう

 僕たち犬は、寒さに強いと言われているが、犬それぞれで、寒さに強いのもいれば、弱いのもいる。僕も、寒すぎるのは好まない。

 一週間程前、風邪をひいた。犬でも風邪をひく。鼻がむずむずして、くしゃみがよく出た。食欲もなくなった。主人が、おやつをくれるのだが、「おい、大丈夫か、食べろ、食べろ。」と無理矢理食べさせようとする。食べたくないときは、食べなくてもいい。それが、身体の病気に対する反応で、自己回復力の反応なのだから、じっと静かにしていると治る。僕の方が、主人より知っている。

 でも、主人は、一所懸命、僕をさすってくれた。それはうれしかった。まさしく、手当てなのだろう。僕も、そのお蔭で、翌日には、すっかり元気になった。今は、主人が、鼻をむずむずさせている。僕が、さすってやろうか。

 僕が元気になって、主人が、食べ残りの魚の骨を持ってきてくれた。僕は、その骨の匂いをじっくりと嗅ぐ。そして、おもむろに食べる。主人は、「おいしいのだから、早く食べろ。」と言う。

 僕は、この魚の命をいただいているのだから、感謝して食べないと、と思って、この魚の元気な頃を思い浮かべて、敬意を払って食べているのだ。

 野良の、源じいから聞いたことなのだが、今、人間は、限度を知らない戦争状況にあるらしい。他の動物たちに、とめどのない戦争を仕掛けている。動物たちを、自然の陸や海から、必要な分だけいただくのではなく、動物たちを捕虜にして、狭いところに閉じ込め、育て太らせ、食料にしている。

 僕たち犬も、野生の頃は、ウサギ君やタヌキ君を捕ったりしていたが、食べさせていただいた後は、その骨を祀っていたものだ。

 ハナ婆さんが言っていた。人間たちは、他の生き物の命に敬意を払わなくなった。他の生き物の命の尊さが分からなくなると、人間同士の尊さもあいまいになる。人間は偉いのだと思い上がって、他の生き物を下に見ているから、人間同士においても、勝手に、相手は悪くて駄目なやつらだと思い込んでしまうと、相手の命や尊さを忘れ、残酷になってしまう。

 僕たち犬は、その点まだ人間より賢い。

  目覚むれば 浄土に紛う 雪の花(シンべー)

 

2008年 2月29日  崎谷英文


約束

 何かをすると言う行為の約束はできるが、ずっと将来も同じ心、気持ちを持ち続けると言う約束はできない。

 人が、約束をするとき、それは、普通、行為の約束である。行為は、身体の動きであり、それは、その人の心が動かす。時に、反射的な動きもあるが、通常は、その人の気持ちが、身体を動かす。

 人が、何らかの約束をした時、その約束は守られねばならない。それが、現代社会の原則である。人が、どんなに気持ちの上で、そうしたくないと思っても、約束したことは、守るべきこととなる。

 歴史上、約束は、しばしば破られてきた。力、あからさまな暴力により、約束などなかったかのように破られ、力による支配が正当化されてきた。力により押さえつけられていた者も、約束を守るわけがない。いつか力を得て、相手に挑みかかる機会をうかがっている。だからこそ、権力者は、相手から人質を取り、また、精神的な権威を持とうとする。そもそもが、人間不信を基盤に歴史は動いてきた。約束を守らずして天下を取ったものが、人を信用することなどできまい。

 「走れメロス」において、メロスは、セリヌンティウスとの約束を守った。人の心を信じられない暴君の思惑を打ち砕いた。メロスも、一度は、その心がセリヌンティウスを裏切った。しかし、メロスは命を懸けてその約束を守った。メロスでさえ、心の乱れることがあったのである。それでも、メロスは、心と行為とが一致した。

 考えようによれば、気持ちが変わっているのに、約束を守ろうとすることは大きな拘束である。それは、自由を束縛するものなのかも知れない。昔は、気持ちが変われば、約束などなかったとしてよかったのではなかろうか。今でも、約束をそのように捉える人たちがいそうだ。

 現代社会は、契約社会、約束社会であり、法も、経済も、互いの行為、行動の予測の下に、約束したことを守るという原則によって成り立っている。それは、原始の時代からすれば、恐ろしいことのようにも思う。気持ちがそうでないのに、そうしなければならないということは、その心の自由を奪うものとも言えそうだ。心の伴わない行為は、何か、胡散臭くはないだろうか。気持ちが伴わないなら、デートはすっぽかしてもいい。

 心は変わる。時々刻々、変化していく。神の前で永遠の愛を誓った者たちの心が、変わることはあり得ないとは、誰も言えまい。変化することが当たり前だからこそ、神を持ち出して愛を誓わせようとしているのだとも言える。それでも、心は変わる。愛は、瞬く間に、憎しみに変化する。もちろん、愛が、ますます深まっていくという変化もあろう。しかし、どちらにしろ、今この時の心は、その時のものであり、一瞬のうちに心は変化している。他人の微笑の裏に巣食う醜い心は、読み切れない。自分の心さえ、読み切るのは難しい。

 現代社会は、行為と心とを二分した中で成り立っている。しかし、本来、行為と心とは一致してこそ価値がありそうだ。しかし、難しい。

  丹田に みなぎる力 春来たり

 

2008年 2月雨水 崎谷英文


シンベー日記 5

 僕は、人に飼われているシンベーという名のある犬だが、僕たち犬は、元々は野生だった。しかし、人間たちに飼われるようになって、だんだん、野性を失っていった。などということを、野良の源じいから聞いたことがある。だからなのだろうか、僕は時々、無性に山が恋しくなる。

 源じいは、野良だけれど、なぜかよく古いことを知っている。年も相当で、二十才近く、やはり、年相応に弱ってはいるが、まだまだ元気そうだ。源じいは、野良で長く苦労したみたいだが、その分強いみたいだ。裕福に飼われている犬たちの方が、健康で長生きすると思われているかもしれないが、そうとは限らないのが、この世界だ。

 人間だって、贅沢で栄養のあるおいしいものを食べていれば健康だ、とは言えまい。むしろ、粗食に慣れ親しんでいる人たちの方が、元気に長生きしているように思う。僕の主人は、その点、粗食に決まっているのだが、如何せん、不摂生であまり健康のことに気を遣っていないらしく、心配をする。煙草も、奥さんの前では吸わないようにしているらしいが、僕の前では、よく吸っている。主人は、適当な言い訳をしているが、僕も、少し煙たい。

 この間、主人が、人間世界の格差社会について、お前たちはいいよな、などと話していたが、僕たち犬の世界にも、格差はある。源じいなども、言ってみれば、ホームレスである。源じいも、昔は、とてもよい人間家族に飼われていたようだが、その家の主人が突然リストラされ、源じいーその頃は、若く源太と呼ばれていたらしいがーをかわいがってくれていた小学生の娘さんとも、泣く泣く別れたのだと言う。源じいは、その時、不穏な雰囲気を察して、夜中に飛び出してきたらしい。主人の話を聞いていると、人間の世界にも、似たようなのがいるようだ。

 だいたい、僕たち犬は、人に飼われるように作られているのだから、人間は、ちゃんと最後まで面倒を見てくれなきゃ困る。

 とは言っても、野良と人のホームレスとは違うだろう。僕たち犬は、元々野生だったのだから、自立して生きていくことができないわけではない。現に、源じいなどは、毅然とした野良で、僕たち飼い犬たちも一目置いている。しかし、やはり、さっきも言ったように、飼いならされた同輩たちには、放り出されて何をしていいか分からず、お腹をグウグウ言わせてばかりのものもいる。そんなやつらに、僕は時々餌を分けてやっているのだが、野性を取り戻し、自立して欲しいとも思う。

 主人が読んでいた本を垣間見ると、人間社会にも、食べ物を貰って生活していたような人たちがいたらしい。しかも、彼らは、それで、尊敬を受けていたのだと言う。確か、修行僧とか托鉢僧とか言うらしい。

 乾物屋に飼われている物知りのハナ婆さんが教えてくれた。その昔、僕たち犬が、人間たちにお犬様と呼ばれていたことがあったらしい。僕たち犬の歴史も深い。僕も、もっと勉強しなければ。

  流れ行く 雲の彼方に 雪を見る(シンベー)

 

2008年 2月11日    崎谷英文


漁父辞

滄浪の水清まば、以て吾が纓を洗ふべし。
滄浪の水濁らば、以て吾が足を洗ふべし。
(滄浪は川の名、纓[えい]は、冠の紐のこと)

 屈原は、楚の国の王族で、重鎮であったが、大臣にねたまれ、追放されてしまう。漁父に出会う。屈原は、「世の中は、濁り汚れて、自分は清らかであり、世の濁りに染まることはできない。」と言う。漁父は、「聖人は、世の中に合わせて生きていくもので、物事にこだわるものではない。どうして、深刻に考え、お高くとまって、自分で自分を追放させるようなことをするのか。」と言う。屈原は、「川の魚の餌食になろうとも、どうして、この真っ白な潔白の身に、俗世間のちりほこりを被ることができようか。」と言う。漁父は、笑って歌いながら去っていく。その後、屈原は、石を抱き川に身を投げる。

 屈原を理想主義とし、漁父を現実主義とする考え方が一般的である。漁父の考え方を、老荘思想的と見ることもできる。

 坂口安吾は、「堕落論」の中で述べている。「堕ちよ、そして生きよ、生きて堕ちよ、堕ちろ、堕落せよ。」と。安吾は、戦争は偉大な破壊であり、戦後、堕落は始まったのだと言う。さらに述べる。「人間が人間として立ち上がるためには、いっぺん堕落することが必要である。人間は、堕落する運命にある。」と。

 人は、堕落するようにできているのかも知れない。現実世界の中で、理不尽な欲望に打ち勝つことは至難である。抗うことのできない欲望は、人を堕落させる。しかし、その堕落していく中から、何か新しいものが見えてくる。

 屈原のように、理想を追い、遂には、この世で生きていけなくなるのも考えものだ。人は、堕ちるようにできている。人は堕ちねばならない。人は、堕ちていってこそである。キリスト教的に言えば、欲望に負けて犯したアダムの背負った原罪を、人は自ら経験せねばならない。罪深き人の身であることを、実感として持たなければ、人の世の有様を見通せまい。親鸞も、一度ならず堕ちている。しかし、だからこそ、「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」と実感したのではなかろうか。

 理想を述べることはやさしい。しかし、わが身を振り返ってみて、罪を犯さない、堕落しない姿と誇れるだろうか。罪深き汚れた人は、その人ではない、自分自身である。人は堕落するようにできている。それが、人の運命である。

 漁父は、堕落せざるを得ない世の中を達観している。単なる現実主義ではない。世の中は、なるようにしかならず、なさねばと思い、なさねばと行おうが、なさるべき、なるべき世にはなるまい。この世の自ずからなるに任せて生きてゆくしかないのだというのが、漁父の思いであろうか。

 愚かにも、欲に駆られて生きてゆくか。堕ちてゆきながらも、少しは、秘めた思いを持っていようか。

 寒風に いつもの罪の 夢は覚め

 

2008年  2月 立春 崎谷英文


神は死んだ

 あの世というものがあるのかどうか分からないのだが、もし、あの世があるとしたら、この世とあの世とでは、ルールが異なっているように思う。

 古代より、人は、この世だけでないあの世との関係を感じとってきた。この世の栄華、享楽だけでは、どうしても満足できないのが、人の姿だったのだろう。この世の限りある生命の中での喜びは、最後には、必ず、一時的なものであり、空しさを感じさせる。人にとっての最後の悦楽は、生と死を超えたところに、どうしてもなっていく。

 この世は、欲望と争いに満ち溢れた世界である。あの世は、静かなる喜びと、互いに慈しみ合う穏やかなる世界である。その、この世とあの世とをつないできたのが、神であった。この世の醜い世界と、あの世の美しい世界とを、結びつけるのが、神であった。

 神のおかげで、人は、そのあらわな欲望を抑えることを良しとし、神に導かれて互いに思いやる心を善としてきた。そうして、この世を、如何にして、神のあの世に近づけていくのかが、神から与えられた大きな宿題でもあった。

 しかし、神は死んだのかも知れない。昔から、密かに、ささやかれている。

 ニーチェは、ツァラトゥストラに語らせる。神は死んだと。神に従ってきた人間は、もはや、神を必要としなくなった。人間は、神を超えたとでも言うように。そうして、人間は人間自身で、神を超える超人にならねばならないと。それは、あの世の秩序をもたらそうとする神は、力を失った。この世の秩序は、超人こそが形作れるのだと言うのであろうか。

 マルクスは言う。人は、生きてゆかねばならないが故に、生産をし、労働をする。生きてゆくべき糧となる生産、労働が、誤った社会の中で、一部の者に搾取されていく。人は、自ずと、平等な分配を求める社会に変えてゆく。労働者たちの当然の反乱が起き、自然に世の中は変わってゆくのだと。それは、あたかも、神のもたらす慈愛はこの世から消え去り、神は死んでいったというように。神は死に、あの世の神の道徳は、貨幣に取って代わられたとでも言うのであろうか。

 マックス・ウェーバーは、「プロティスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の中で述べている。人々は、神の求める禁欲、清貧こそ大切だとしながらも、あるがままに生産、労働に励むのが、神から与えられた使命と考えた。そうして、生産、資本の蓄積を是とし、資本主義の精神が、醸成されていく。しかし、それは本来の禁欲、清貧の精神を置き去りにした。繰り返し、増殖していく生産、開発、競争に陥っていく。ウエーバーは、プロティスタンティズムの倫理が資本主義の精神を作り上げる元となっているが、その倫理が忘れ去られていくことを見通していたようだ。神の見えざる手と言いながら、実は神は死んだのかも知れない。

 今や、神は死んだ。末法と言われてから千年以上が経つ。今や、神は儀式であり、占いであり、カルトであり、真実のない偶像となっている。神がいるとしても、神の作り上げたこの世かもしれないが、神は、もはや、持て余しているのではなかろうか。

  かじかめる 手を強く引く 犬がいて

 

2008年  1月 大寒  崎谷英文


どうでもいいこと

 人は、どうでもいいことに熱中することのできる、珍しい生き物だと思う。そして、実は、このことが文化なのかもしれない。

 文化とは、精神文化とも言い、精神に係わることなのだろう。文化を、その社会における人々の行動様式、習慣、慣習、芸術的行動の類型をいうのだとしたら、それぞれの社会には、それぞれの文化があり、その良否、善悪は、簡単には語れない。原始社会にも、文化はある。

 その文化は、人間社会の存続、継続を究極的には求めているのだとしても、他の動物たちとは違って、直接生きることには関係のない、無駄を多く含んでいるように思う。

 その意味では、人は、ただ生きるためだけに生きているのではなさそうだ。人ほど、生きていくためだけのこととまるっきり違うことに、血道を上げることのできる生き物はなさそうだ。

 愛情といわれるようなものも、人のそれは、動物的な単純なものではないと思われる。人は、種族保存のためだけではない愛情、その愛情というものそのものを目的として生きていく。他の動物はそうではあるまい。他の動物には失礼かも知れないが、動物の持つ愛情は、本能的なもののような気がする。本能的欲望は、飽くまで、生存、子孫のためであろう。人は、そんな本能的欲望だけではない、実は、気にしなければ気にしないで生きていくことのできるだろう愛情のようなものを、欠かせない生き物なのかも知れない。

 祭り、遊び、スポーツ、ゲーム、ファッション、これらのものは生きていくために不可欠とは言えまい。しかし、時に、人は、それらこそ生きがいとして生きる。これらは文化であり、よりよく生きるということは、文化が与えてくれる人の特権なのかも知れない。

 他の動物たちにとって、よりよく生きるということはどういうことなのだろうか。動物園の動物が幸福だとは言えまい。犬に綺麗な服を着せたって、犬が心から喜んでいるとは思えない。これらのことは、動物にとっての文化ではなく、人間にとっての文化なのだろう。

 他の動物は、退屈を持て余すことはなさそうだ。しかし、人は、退屈で死ぬこともある。人は、そんな時、どうでもいいことに熱中できる生き物なのだ。何かおもしろいことを見つけて、何か感動することを見つけて生きてゆく。そういったものが文化なのではなかろうか。

 人にこそ与えられた、文化を楽しむという特権に、人はおぼれがちである。パチンコ狂、ゲーム狂、サッカー狂、道楽狂い、人は気を付けなければならない。おもしろければいい、没頭できればいい、というものではなさそうだ。現代社会には、誘惑が多い。楽しむ心が、人の特権ならばこそ、人は、その心をコントロールできなければなるまい。他の動物より余計に与えられた欲望は、生きる糧ともなり、また苦しみの元ともなる。

 人は、どうでもいいことに熱中し、どうでもいいことに時間を費やし、どうでもいいことに苦しんでいく存在なのだろう。

  燃える火の 先に三日月 小正月

 

2008年 1月16日 崎谷英文


シンベー日記 4

 僕は、雑種犬で、母親の顔もあまりよく知らない。しかし、この間、主人の奥さんの妹さんが、僕の母親の話を、主人としていた。

 どうやら、僕の母親は、去年の春に、死んだらしい。僕を二・三才で生んだらしくて、十四・五才の寿命だったらしい。主人たちは、僕の家の前で、堂々と話している。少しぐらいは、僕に気を遣って、話をしたらいいのに、大声で、丸聞こえだ。

 でも、苦しまずに死んだらしく、少し安心した。僕が、その奥さんの妹さんの犬の子だということも分かった。兄弟もいるらしい。兄弟の一人は、事故で亡くなったらしいが、もう一人は、まだ、その妹さんの家にいるらしい。ちょっと会ってみたい気もする。

 僕たちは、野生のときは、家族で助け合って暮らしていたのだが、人間に飼われるようになって、家族は、離れ離れになることが多い。本当に、人間というのは勝手なものだ。自分たちは、家族の繋がりが大事だとか言って、離れ離れになった家族の再会に涙を流したりするくせに、僕たち犬に対しては、直ぐに別れさせて、養子に出す。まあ、もはや、飼い犬として育てられた僕たちには、自力で生きていく力がなく、人間に育てられなければ生きてゆけないのかも知れないが、果たして、人間は、僕たちの気持ちを考えたことがあるのだろうか。

 しかし、今の飼い犬たちは、贅沢である。この間、主人が、友人から、犬はたまには洗ってやるものだというのを聞いたらしく、僕の体を洗ってやろうかというのだが、僕はことわった。世間の飼い犬たちの多くは、風呂に入れてもらったり、かわいい服を着せられたり、当然のように人間と同じ暖かい部屋で、人間と同じように育てられているらしい。全く、軟弱な犬が増えるのも当たり前だ。僕は、まだ、半分野性のつもりだ。

 最近、夜明け前に、吠えて合図を送ってくれていたゴロの声がしない。心配だ。夜明け前に吠えていたので、主人たちには、好評なのだが、僕は、もしかしたらと、心配している。

 ゴロも、黄泉の国へ行ったのかも知れない。黄泉の国は、素敵なところらしい。争いも、恨みも、怒りもなく、みんなが、心穏やかに暮らしているらしい。人間も、僕たち犬も、この世では、欲望に駆られるようにできている。

 年賀状に、「一期は夢よ。ただ、狂へ」という粋な、室町時代の歌謡を書いてきた友人がいたと、主人が教えてくれた。僕たちも、人間も、どうこの世であがこうが、それは、一時のたわむれに過ぎない。しかし、人は、僕たちも、人間も、あの世の仏たちに試されているのを知っていない。お前たちは、醜く生きていないか。この世のはかなさを知り、はかなく生きるか。この世のはかなさを知ればこそ、美しく、潔く生きるか。そこが問題だ。

 主人は、駄目だ。この世に絶望しているらしい。

  旅立てる 母を想うや 凍り雨(シンべー)

 

2008年 1月6日  崎谷英文


仙人の戯言

 自由は実は、苦しいのである。
自分自身で判断し、自分自身で責任を持つ
これは実に大変なことである。
勉強するのは、この考えること、判断すること
責任をもつことの前提としてある。